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夜明けの星 9-86(夏樹)

 雪夜がリビングに入るのを見届けると、夏樹はスツールに座り直し、腕を組んで壁にもたれた。  真夏ではあるが、廊下もある程度空調はきいているので外に比べればマシだ。  とは言え、雨のせいでめちゃくちゃ湿度が上がっているのだけは、どうにもいただけない……  ジッとしているだけでも、じっとりとした空気が纏わりついてきて心なしか身体が汗ばんでいる気がする。  それでも……雪夜から「傍にいて欲しい」と言って来るのは珍しいので、夏樹としては嬉しい。  扉を隔てているのに「傍にいる」って言うのも変な話しだけどね。  でも、ここからなら、何かあればすぐに助けに行けるし……  ――ところが、約20分後には夏樹はリビングにいた。  勝手に入ったわけじゃない。雪夜が迎えに来たのだ。  雪夜はリビングに入ると、数分置きに夏樹の名前を呼んでいた。  どうやら、扉を閉めてしまうと夏樹の姿が見えないので本当に廊下にいるのか不安になったらしい。  そんな中、また空が光ったことで限界が来たらしくリビングから飛び出して来たのだ。   *** 「ななななつきしゃん!!いいいいましゅか!?はわぁああああっ!!いにゃいぃいいい!?」  リビングから飛び出して来た雪夜が、若干パニクって叫んだ。  夏樹が、少しでも涼しい場所を求めてスツールの位置をずらしていたせいで、雪夜が一瞬夏樹を見失ったらしい。  と言っても、50cmくらいしか横に移動していないと思うけど…… 「雪夜~?夏樹さんはここにいるよ?どうしたの?」  夏樹は軽く手を振りながら腰を浮かした。 「いたっ!!」 「うん、いるよ?」 「あああの、いま、いまね?ピカッて……」 「あぁ、光ってたね。おいで、ちょっと落ち着こうか」  さっきの稲光に驚いたのか。  ほらね?やっぱりひとりは怖いんでしょ?    雪夜が慌てている理由がわかったので、夏樹はスツールに腰かけて雪夜を抱き寄せた。 「大丈夫、俺はちゃんと廊下(ここ)にいるよ?傍にいるって言ったでしょ?」  夏樹は話しながら、優しく背中や髪を撫でた。 「……ぅん……」  雪夜は安心したように夏樹の胸元に顔を埋めると、夏樹の服をぎゅっと握りしめてスンスンと鼻をすすった。  しばらくして落ち着くと、雪夜はゆっくりと顔を上げた。 「あの、あの、えっと……」 「ん?なぁに?」 「あの……スー……ハー……うん、よしっ!」  ……んん?  夏樹の膝から下りた雪夜は、深呼吸をして自分に気合いを入れると、夏樹の手を両手でぎゅっと握った。 「あのね、やっぱり……いっしょにきて……くだ……しゃぃ……」 「俺もリビングに入ってもいいの?」 「……ぅん……あっ!で、でも、おめめはつぶっててね!?みちゃダメだよ!?」  え~と、何を見ちゃダメなのか言ってくれないと……せめてどっちの方角は見ちゃダメとか、リビングのどの辺りは見ないでとか…… 「えっとね、あの、おそとはみていい」  なるほど、リビングの中じゃなくて、外を見てろってことね。 「でも目を閉じてたら見えないから歩けないよ?」  本当は、裕也や兄さん連中ほどじゃないにしても、夏樹もこの別荘内ならだいたいの間取りや家具などの位置は把握しているので、目を閉じていてもほとんど支障なく歩ける。  でも、は目を閉じると歩けないからね!!  歩けないとは言ってないから、嘘は言ってない!! 「え!?あ、しょか……みえないね……えっと……どうしよう……」  夏樹が普通に歩けることなど知らない雪夜は、手で口元を押さえて真剣に考え込んだ。 「ん~、こうすれば目閉じてても大丈夫かも」  夏樹は立ち上がると雪夜をくるりと回転させて背後から抱きつき、雪夜の肩口に顔を埋めた。 「ふぁっ!?だめっ!あははっ!くしゅぐったいよぅ!!……え、えっと、あの、おてて!おててつなご?」  雪夜が笑いながら首をすくめて夏樹から逃げようともがいた。  首筋に夏樹の髪が当たるのがくすぐったいらしい。  大学生の雪夜なら、くすぐったさよりも夏樹にドキドキして真っ赤になるので、今は子ども雪夜が強いようだ。 「え~、おてて?でも、おてて繋いで歩くのだととか見えないから怖いな~」 「あ……しょか……じゃあ、ぎゅってしていこ~ね!でもおめめとじてね?」 「はーい!」  夏樹は機嫌よく返事をすると、雪夜に抱きついた。  実は兄さん連中が雪夜のために娯楽棟をリフォームした時に、別荘全体をバリアフリーにリフォームしてくれているのだが……雪夜はそのことに気付いていないらしい。  というか、子ども雪夜にはバリアフリーとかまだわからないか……  いずれにせよ、夏樹に抱きつかれることは満更でもないようで、雪夜は嬉しそうに笑うと、背中に夏樹を張りつけたままリビングに入ったのだった。 ***    

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