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夜明けの星 9-89(夏樹)

「雪夜、ポテトサラダ作るから手伝って~」 「はーい!……えっと……な、何をどう手伝えば……じゃがじゃがを握り潰す?」 「……うん、そうだね……まずは、おてて洗っておいで?」 「あ、はい!――」  夏樹は慌てて洗面所に駆け込む雪夜を苦笑しながら見守った。 ***  ――数時間前……  雪夜から数年ぶりの誕生日プレゼントをもらってテンションが上がった夏樹は、お礼のキスからそのまま流れで雪夜を押し倒した。  まだ時間は早いけど、今日はどうせ二人っきりだし……  俺の誕生日だし……  イチャイチャしてもいいよね!?  俺の誕生日だしっ!!  ところが……  ――グゥ~~…… 「あ゛っ!!……」  微かに聞こえたお腹の音と、その音よりも大きな雪夜の焦った声に、思わず手を止めた。 「……ん?」 「あああああの……えっと……今のはその……違くてですね!?えっと……」  雪夜がパニクってアワアワしながら視線を泳がせる。 「……お腹空いた?」 「ち、違っ、えっと、その……ずっとクッキーを焼いてたからあの、甘い匂いが食欲を……でででも、味見はちゃんとしたから、だからお腹は空いてなくてですね!?今のはあの、じょ、条件反射というかなんというか……ごごごごめんなしゃぁあああああああああいっっ!!」  雪夜が半泣きで叫ぶと両手で顔を覆った。 「ぶはっ!!……はははっ!!」  夏樹は笑いを堪えきれずに雪夜の胸元に顔を埋めて吹き出した。 「ふぇ……?夏樹さん?」 「ごめっ……あははっ!……」  なんだそれ……ムードのぶち壊し方が可愛すぎる!!  はいはい、イチャイチャするのは夜まで待てってことですね!!   「あ~、笑った~……!」  ひとしきり笑うと、雪夜を抱き起した。 「しゅみましぇん……」 「いや、いいよ。そうだね、昼からずっと頑張って作ってたからお腹も空くよね」 「でも、味見はちゃんとしたんですよ!?だからクッキーはいっぱい食べたから、お腹は空いてな……」  お腹は空いていないと言ってるそばから、また雪夜のお腹がグゥ~っと鳴った。 「もぉ~~~!!なんで鳴るのぉ~~!?さっき食べたでしょ!?我慢しなさいっ!!」  とうとう雪夜が自分のお腹に説教を始めた。 「まあまあ、落ち着いて?味見したって言っても、ちょっとずつでしょ?それにね、他の事に気を取られながらだと、食べた気にならないんだよね」  笑いを噛み殺しつつ雪夜の頭を撫でる。  きっと作ることに一生懸命だったから、クッキーの味見くらいじゃ食べた気にならなかったのだろう。 「雪夜、クッキーは他にもいっぱいあるんでしょ?」 「え?あ、はぃ……でもあの……字がうまく書けなくて……失敗したやつばっかりで……」 「クッキー自体はちゃんと焼けてる?」 「えっと……焦げちゃったのもあるけど、最初の方だけで、後はちゃんと焼けてると……思います」 「じゃあ、そのクッキー食べようか」 「えっ!?」  どうせ台所も片付けなきゃいけないしね。  キッチンに行くと、真っ黒のものからチョコペンでなぞの記号を書かれたものまで、いわゆるのクッキーが大量にあった。    おっとぉ?思ったより多いな……    夏樹は近くにあったクッキーを手に取ると、半分に割って焼き具合を確認し、パクっと口に放り込んだ。 「あっ!今のちょっと焦げてたのに……こっち!ほら、こっちのは焦げてないんですよ!?」  雪夜が慌てて焦げ目の少ないクッキーを夏樹に差し出した。 「うん、ちょっと焦げてたけど、美味しいよ?ちゃんと中まで火が通ってるし」 「ええ!?でも、あの、せめてこっちの焦げてないやつを食べてぇええっ!!」 「心配しなくても全部食べるって」 「……ぜ……んぶ?」 「だって、これも全部俺のでしょ?」  失敗したやつも俺のために作ってたんだから、俺のでしょ? 「……いやいやいや、失敗したやつは俺が責任を持って食べますからっ!!夏樹さんにこんな焦げたやつ食べさせられませんよ!!夏樹さんはさっきの成功したやつを……」 「あぁ、そうそう。雪夜がくれたやつは……」  夏樹は雪夜がプレゼントしてくれたクッキーを持って来ると、角度を変えて何枚も写真を撮った後、文字が崩れないように丁寧に並べたまま乾燥剤と一緒に保存袋に入れて冷蔵庫に入れた。 「これでよし!」 「え……食べないんですか?」 「食べるよ?でも、今はまだ食べない。食べるのは、兄さんたちに自慢してから!!」 「へっ!?自慢って……」 「だって雪夜が俺のために頑張って作ってくれたんだもの。俺だけが見てさっさと食べちゃうのはもったいないでしょ?あ、もちろん、食べる時は雪夜が食べさせてね?」 「え、食べさせ……え?ええ!?――」  夏樹は、雪夜と話しつつ失敗作の大量のクッキーを今食べる分だけお皿に盛りつけると、残りは先ほどと同じように保存袋に入れて冷蔵庫に入れた。  最初の方に焼いたという炭みたいになったクッキーも残そうとしたが、それはさすがに雪夜に止められたので仕方なく処分した。 「――う~ん、これは……『た』かな?」 「えっと……これはたぶん……『た』……になりそこなった……ですね」 「……よし、正解ってことだね!」 「はい!正解ですね!」 「はははっ!……」 「ふふっ!――」  二人でココアを飲みながら、クッキーに書かれた謎の文字を当てっこしたり、残っていたチョコペンで絵を描いたりと楽しむ。  その後も、しばらく他愛のない話しをして過ごした。 ***  そして、夕方。  夏樹が晩飯をどうするか考えていると、雪夜も手伝いたいと言ってくれた。 「それは嬉しいけど……無理してない?」 「え?」 「いや、だって最近あんまり俺とキッチンに立ちたくなさそうだったから……」 「あ……ち、違います!!あれは……」  雪夜が取ろうとしていたのは、夏樹の頭に当たったあの特大サイズの大理石で出来た回転式麺棒だ。  クッキーの生地を伸ばすために使おうとしたらしい。  だから余計に「自分のせいで……」と罪悪感があったようだ。  最近夏樹とキッチンに入るのを避けていたのは、「自分が一緒にいるとまた夏樹さんにケガをさせてしまうかも」と思って心配していたからなのだとか。  何だか俺たち思考が似てるな……  夏樹は自分も「雪夜にとって俺は疫病神なんじゃないか」と考えて心配していたことを思い出し、苦笑した。 「それじゃ、お手伝いしてもらおうかな。準備が出来たら呼ぶね!」 「はい!」  とりあえず冷蔵庫を覗いた夏樹は、少し考えた後、ハンバーグとポテトサラダとスープを作ることにした――   ***

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