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夜明けの星 9-90(夏樹)

「おてて洗ってきました!」 「それじゃ、エプロンつけてくださ~い」 「はい!」  雪夜がエプロンをつけている間に、茹でて皮をむいたじゃがいもをボウルに放り込んでいく。 「エプロンつけました!」 「は~い、それじゃ……って、ちょ、待て待て!!スト~~~ップ!!」 「へ?」 「素手はダメッ!!」  エプロンをつけた雪夜が意気揚々と熱々のじゃがいもを掴もうとしたので、慌てて止めた。 「え、でも……斎さんたちは手で……ぐしゃって……」  雪夜がどうして止められたのかわからず、手をグーパーしながらキョトンとした顔で夏樹を見上げた。 「あ~、うん、そうだけど、あれはだから!!普通は素手で潰したりしないからね!?まだ熱々だからやけどしちゃうよ!?」  兄さん連中はポテトサラダを作る時、熱々のじゃがいもを平然と素手で握り潰す。  かく言う夏樹も、自分が作る時は素手で潰している。  木べらやマッシャーを使うよりも早いし、ちょうどいい感じに潰すことができるからだ。  でも、今の雪夜はただでさえ熱さや冷たさに過敏になってるのに、こんなの素手で握ったらそれこそ大騒ぎだ。  そもそも、いくら茹でて柔らかくなったとはいえ、まだ雪夜にはじゃがいもを握り潰せるほどの握力はない……と思う。  夏樹はジャガイモを保存袋に入れてテーブルに置くと雪夜に木製の麺棒を渡した。  木べらを渡してもいいが、力の弱い雪夜にはこっちの方が潰しやすいだろう。 「はい、これで潰してくれる?」 「は~い!」  雪夜にじゃがいもを任せて、夏樹はポテトサラダに入れる他の野菜を切り始めた。  ところが…… 「……あれ……?夏樹さ~ん……」 「ん?潰れた?」 「このじゃがじゃが全然潰れないです……」 「え?」  夏樹が玉ねぎから視線を上げると、雪夜はさっき夏樹が渡したじゃがいもの入った袋の上で、一生懸命麺棒をコロコロ転がしていた。  だが、じゃがいもは……渡した時の形のままだ。 「ね?じゃがじゃがのままでしょ?」  雪夜が額の汗を拭く真似をしつつ首を傾げる。  雪夜としては全力で潰そうと頑張っているらしい……  雪夜?潰してもじゃがいもはじゃがいもだよ?  って、それはいいとして……うん、全然潰れてないね。 「えっと……それじゃあ、最初だけ一緒にしよっか」 「はい……すみません……」 「謝るのは俺の方だよ。一気に潰すのは大変だよね。ごめんね、俺がもっと早く気付くべきだった」  雪夜の力が弱いとわかっているのに、一度に何個ものじゃがいもを袋に入れてしまった夏樹のミスだ。    っていうか、俺が袋に入れる時に軽く握って形を崩しておけば良かったんだよな……  じゃがいもが冷えてしまうと潰すのが大変だし、食感も変わってしまう。  夏樹はじゃがいもが冷えてしまう前にと、雪夜と一緒に麺棒を持ってじゃがいもを一気に押し潰した。 「……これくらい潰れたら後は大丈夫かな?」 「はい!」  全体的にある程度潰してから雪夜に任せた。  夏樹は雪夜が夏樹の真似をして体重をかけながら麺棒をゴロゴロ転がして潰しているのをチラチラと見守りつつ、急いできゅうりを切った。 *** 「――よし、完成~!」 「かんせ~!」  ポテトサラダに思ったより時間を取られたが、その後、ハンバーグとスープも二人で作った。  夏樹がひとりで作る時の倍くらい時間がかかったが、雪夜とわいわい言いながら作るのは楽しくて、時間は気にならない。   「食べようか!」 「ハンバーグ美味しそうですね!!」 「そうだね、ソース足りなかったらまだあるよ」 「あ、はーい!」 「「いただきます!」」  ハンバーグの成形は雪夜がしてくれた。  夏樹は普通に俵型にして並べていたのだが、雪夜が何やらコソコソしていると思ったら……焼く時にはハート型になっていた。  そのハートがまたちょっと歪っていうのがね……不器用な雪夜が一生懸命ハート型にしてくれた感があって可愛いっ!!  夏樹は雪夜と作った晩飯も写真を撮りまくった。   「あの……夏樹さん?もしかしてこのハンバーグもみんなに自慢するとか……?」  雪夜がちょっと困惑顔で夏樹を見る。 「え?うん!でも、さすがにこれは置いておけないし、今食べた方が絶対美味しいからね。兄さんたちにはこの写真を送って自慢することにする!!」 「なるほど……ふふ、飯テロですね!!」 「だね!」  兄さん連中に飯テロをしておいて、夏樹は雪夜と楽しく食事をした。  別荘は風雨が酷い時は電波が悪いのだが、なぜか今日はやけに電波が良いらしい。  飯テロをした瞬間から、携帯が鳴りっぱなしだった。 ***  食後、ソファーで雪夜を膝に抱っこして休憩しつつ、兄さん連中からの 「俺の分は!?」 「ズルい!僕も食べたぁ~~~い!!」 「美味しそうだな!上手に作れてるじゃないか」 「今度、雪ちゃんの手作りハンバーグパーティーするか」  という予想通りのメールを見て苦笑した。 「兄さんたちにもう一枚写真送ってやろうか。雪夜、笑って?」  カメラを構えると、雪夜に顔を寄せた。 「え?こ、こうですか?」 「そうそう。ちょっとぎこちないな~……」 「っ!?」  夏樹は連写しつつ雪夜の顔をグイっとこちらに向けると口唇を重ねた。   「~~~~~っ!?ななななつきしゃんっ!?」 「お、イイ感じに撮れてる」 「わぁ~ホントだ!って、ちょ、ままま待ってください!!これは送りませんよね!?ねっ!?」 「これは送らないよ。俺だけの宝物だもん」 「……え?宝物……そか……ふふっ……」  雪夜が真っ赤になりつつも、嬉しそうに微笑んだ。 「あ、いいね。その表情も好きだよ!」  夏樹は、ちょっとはにかんだ雪夜とのツーショットに「美味しかったです♡」と書き込んで兄さん連中に返信し、携帯の電源を切った。 「ハンバーグパーティーか……」 「パーティー……」 「うん、楽しそうだね。来週でもしようか!みんな来るはずだし」 「えっ!?来週!?……あ……えっと……そ、そう……ですね」 「……大丈夫、ハンバーグを作るのは俺も手伝うよ!どんなハンバーグがいいかな~?今日みたいにチーズ入れると美味しいよね。煮込みハンバーグも美味しいから今度一緒に作ってみようか!それから――」  と聞いた雪夜の表情が少し強張った。  楽しい話しをしているはずなのに、雪夜の表情が冴えない。  笑っているのに……どこか辛そうに見えるのはなんでだろう……  楽しい日のはずなのに、嬉しいことばかりのはずなのに、ふと見せる雪夜の表情がやけに胸をざわつかせる。  夏樹は、そんな胸のざわつきを振り払うかのようにあえて明るい声でハンバーグパーティーの話しをした。 ***

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