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夜明けの星 9-92(夏樹)
ちょっとヤり過ぎたかな……?
夏樹は、頭から冷たいシャワーを浴びて火照った身体を冷やしつつ、自分の手のひらをぼんやりと眺めた。
乱れてみようか、と言ったものの、雪夜があそこまで乱れるのは久々だ。
普段は雪夜の身体のことを考えて夏樹がだいぶ加減しているのもあるが、雪夜は羞恥心の方が強いので蕩けても乱れる前に気を失うことの方が多い。
そんな雪夜が乱れる時は大抵……
「ん?」
電話が鳴っているような気がしてシャワーを止めて耳を澄ます。
固定電話の音がした。
「こんな夜中に……?」
固定電話にかけて来ると言うことは、兄さん連中の誰かだろう。
急いで身体を拭き、下だけ穿いてリビングの電話に出る。
「はい、もしも……」
「なっちゃん!?何やってんの!?」
「……裕也さん?何って……」
「なんで携帯切ってんの!?雪ちゃんは!?」
「え?雪夜なら寝てますよ。当分は動けないはず……」
裕也の珍しく焦った声にちょっと戸惑いつつ、Tシャツを着た。
「本当に!?一緒にいる!?だってセンサーが反応してるよ!?確認したいけど、台風のせいか接続のせいか、今日に限ってカメラの調子が悪くて画像がうまく映らないんだよね……雪ちゃんがいるならいいけど……センサーも誤作動かなぁ……」
「センサー……?……って……っ!?」
「あれ?なっちゃん?もしも~し――……」
夏樹は受話器をそのまま放り出して寝室に駆け込んだ。
「雪夜っ!?……っそだろ……?」
気を失ってぐったりしていた雪夜をキレイにして服を着せて寝かしつけたのはつい数分前だ。
あの様子じゃ明日の昼過ぎまで爆睡しているはずで、とてもじゃないけど起き上がって歩くことなど出来ないはず……
だから、夏樹が悠々とひとりでシャワーを浴びていたわけで……
「雪夜っ!?いる!?……いないか……」
念のためベッドの奥を調べるが転げ落ちてもいない。
ベッドから下りようとした夏樹の手に、何か硬いものが当たった。
「なんだ、これ……」
タオルケットをめくると、雪夜が寝ていた場所にハート型の箱が置いてあった。
この箱って……
夏樹がバレンタインに雪夜にプレゼントした箱に似ている……というか、その箱だ。
なんでこんなところに……?
イヤな予感しかしない。
耳鳴りがして一瞬眩暈がした。
誰かに頭をガンガンと殴られているようだ……
震える手で箱を持ち上げると、大きく深呼吸をして蓋を開けた。
「……っ!!」
中身を見た夏樹は、一瞬息を呑んで、次の瞬間には寝室から飛び出していた。
***
テラスに出る扉を開けると、強い風と大粒の雨が吹き付けてきた。
ちょうど夜中に台風が最接近するとか言ってたっけ……
テラスの灯りをつけて周囲を見回しても雪夜らしき人影は見当たらない。
そもそも、稲光に怯えていた雪夜がこんな嵐の中、外に出るとは考えにくい。
が、夏樹は扉の横に置いてある非常用の懐中電灯を持って、濡れるのも構わずに裏庭に下りた。
夏樹には、雪夜は外にいるという確信があった。
裕也もセンサーに反応があったと言っていたし……
夏樹の携帯も……
晩飯のあと、兄さん連中にメールを送って一度電源を切ってあったが、夏樹は寝る前にはまた電源を入れてあった。
だが、裕也は先ほど、夏樹の携帯の電源が切れていると言っていた。
誰が電源を切ったのか……
そんなの雪夜しかいない。
なぜ電源を切ったのか……
電源が入っていると都合が悪いから。
都合の悪いこととは……?
雪夜が危ない場所に行ったことを知らせるセンサーが反応すること。
なぜセンサーが反応すると都合が悪いのか……
気付かれたくなかったから。
夏樹に気付かれずに外に出たかったからだ……
「雪夜ぁあ!?どこだっ!?」
雨と風に声がかき消される。
視界の悪い闇の中、叩きつけて来る風雨に顔をしかめつつ懐中電灯で周囲を照らした。
いたっ!!
「雪夜っ!!雪っ……?」
池の反対側に小さい人影が辛うじて見えた。
夏樹でさえ真っ直ぐ歩くのが困難な程の暴風雨の中、なぜか雪夜は平然と歩いていた。
必死に呼びかけるが、夏樹の声は全然届いていないらしい。
急いで雪夜のいる反対側へと向かった。
***
「雪夜~!どこに行くの!?待って!!止まって!!」
裏の池には兄さん連中が釣りを楽しむために、池の真ん中あたりにかけて桟橋がかかっている場所がある。
雪夜はその桟橋に足を踏み入れようとしていた。
おいおいおい、どこ行くつもりなの!?
そんなとこ歩いたら……
桟橋は大人が二人並んで歩けるくらいの幅しかない。
雪夜がひとりで歩くには十分な幅だが、雨で足元が滑りやすい上、風が強いとなれば……
危 なっ!!
案の定、雪夜は足元が滑ってフラフラしていた。
それでも……焦る様子もなく平然と前だけ見て歩いて行く。
片手を前に伸ばして……
「……っ」
風のせいで聞き取れないが、雪夜の口元が動いていた。
ひとり言?
桟橋の端まで行くと、雪夜は立ち止まり、二言三言呟いてコクリと頷き、まるで差し伸べられている手を掴もうとするように……斜め前に手を伸ばした。
そして、桟橋の端から足を前に踏み出した――……
***
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