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夜明けの星 9-93(夏樹)
「――雪っ!!」
非常用の懐中電灯を桟橋の手前の茂みに投げ込み、予備につけていたキーホルダーサイズの懐中電灯を口に咥えて桟橋に走り込んだ夏樹は、桟橋から足を踏み出した雪夜の身体が池に落ちる寸前、片手で上から掬い上げるようにして抱き留め、一気に桟橋の上に引き上げた。
「……ん゛っ……プハッ……雪夜っ!?大丈夫!?」
夏樹は咥えていた懐中電灯を横に吐き出して雪夜に声をかけた。
暗闇で表情が見えないので雪夜の顔や身体をペタペタと触って無事を確認する。
「……?」
「いるよね!?本物だよね!?……はぁ~~~……間に合った……」
腕の中に雪夜がいることにほっと安堵の息を吐きながら桟橋の上で仰向けに寝転がった。
向かい風の暴風雨の中を全力疾走したので、さすがに息が上がっていた。
嵐の中をこんなに本気で走ったのは、愛華の特訓に耐えきれずに愛華や兄さん連中の追跡から逃れようと山の中を全力疾走した時以来かもしれない……(即行捕まったけど)
「あ~も~……年かなぁ~……ははっ……キッツ……」
いや、違うか。
いくらあの頃よりも年を取ったとはいえ、走るだけならここまで疲れない。
また……間に合わないかもしれない……
また……手が届かないかもしれない……
また……――
ベッドに置かれたハート型の箱を見た時……
池の反対側に雪夜を見つけた時……
イヤな記憶と目の前の光景に心臓が何重にも早鐘を打ちまくっていた。
その状態で全力疾走したせいだろう。
そりゃ息も上がるよな……
「~~っ……」
「ん、ちょ、ゲホッ……ちょっと待って……ゲホッゲホッ……もう、ちょっとだけ、待って……」
ずっと上を向いていると雨に溺れそうになって咽た。
起き上がろうともがく雪夜をしっかりと抱き込んで、ゴロンと横向きに寝転がり呼吸を整える。
聞きたいことも言いたいこともある……
でも、今声に出すと、感情のままに怒鳴ってしまいそうで……
少し気持ちを落ち着けたかった。
***
――なつきさん、いっぱいめいわくかけてごめんなさい……
おそくなってごめんなさい……
でもいまならだいじょうぶだから……
まだまにあうから……
だから、しんぱいしないでくださいね。
いっぱいあいしてくれてありがとうございました。
ずっと、だいすきです。
これからも、あいしてます――
ハート型の箱に、折り紙のハートと一緒に入っていた雪夜からのメッセージだ。
クッキーに書いてくれたのと同じくらいたどたどしい文字で綴られた言葉。
後半の言葉だけなら、誕生日のメッセージとして納得するけど……前半の言葉が意味深過ぎる……
「雪夜……こんな雨の中なにしてるの?」
呼吸が落ち着いた夏樹は、なるべくゆっくりと優しく雪夜に話しかけた。
「……」
「どこに行こうとしてたの?」
「……が……」
「ん?」
「ねぇねがよんでるの……」
「……ねぇね?」
「はやく、いかなきゃ……」
「どこに?」
「あっち……」
雪夜は驚く程に落ち着いた声で先ほど落ちかけていた池の真ん中を指差した。
先ほどの雪夜は、躊躇なく自分から足を踏み出していた。
それも、池に飛び込もうとしたというよりは、歩いていたら突然床が消えたかのようだった。
雪夜が池に向かって踏み出した理由が……ねぇねが呼んでいたからなの?
それって……
「はやくいかないと……なつきさんが……」
「雪夜っ!?俺はここにいるよ!?ほら、ちゃんと俺を見て!!」
夏樹はハッとして二人の表情が見えるように懐中電灯で照らした。
会話をしているようで、雪夜は夏樹の存在に気付いていない。
夏樹を見ていない……
子ども雪夜にしては口調がしっかりしているが、ねぇねの話しをするということは……あの事件の辺りだから3歳頃のはず……今日は朝から不安定なので、もしかすると大学生の雪夜が混ざっているのかもしれない。
「雪夜!?夏樹さんはここにいるよ!?ほら、ね?」
夏樹は雪夜の手を取って、夏樹の顔に触れさせた。
「……なつき……さん?」
しばらく顔を好きに触らせていると、雪夜が夏樹に向かって呼びかけてきた。
ようやくこっちを見てくれた……
夏樹は安堵してフッと微笑んだ。
「うん、そうだよ」
俺の存在に気付いてくれたなら、もう大丈……ん?
「……ごめんなさい……ゆきやのせいで……ごめんなさい……なつきさん……ごめんなさい……」
「……雪夜?」
雪夜はなぜか夏樹の顔に触れながら、ごめんなさいと繰り返し泣き始めた。
あぁ……もしかして……
この数か月……ずっと気になっていたこと……
本当は、その可能性に気付いていた。
でも、信じたくなくて……聞くのが怖くて……
気付いていないフリをして現実から目を背けていた……
その結果が……これなのか……?
夏樹はゴクリと唾を飲み込んで、大きく息を吸うと口を開いた。
「ねぇ、雪夜……いつから――?」
***
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