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夜明けの星 9-94(夏樹)

「ねぇ、雪夜……いつから……いつから俺とって思ってた?」  雪夜が一瞬息を呑んだ。 「……ごめんなさい……ゆきやのせいなの……ゆきやのせいで……みんなオニさんになっちゃうから……だから……」  やっぱり……    この数か月……ずっと気になっていたこと……  悪夢にうなされる雪夜の「ごめんなさい」の対象が「ねぇね」から「夏樹さん」になった理由……  夏樹には、思い当ることがあった。  ただ、信じたくなくて……   「……雪夜、俺はいつになったの?」 「……え?」  雪夜が、一瞬泣きそうな顔で夏樹を見た。  雪夜には、俺がオニに見えているのかもしれない……  夏樹がそう思ったのは、夏樹がオニになってしまうかもしれない……と心配して眠れなくなっていた雪夜が、自分から薬を飲んで眠ると言い出した時だ。 「だ、だいじょうぶ!なつきさんは……まだだいじょうぶなの!まだ……まにあうの!!」 「まだ大丈夫?」 「あのね……」  動揺してめちゃくちゃな雪夜の言葉を繋ぎ合わせると、夏樹が考えていた通り、きっかけは一年前、公園で追いかけっこをしていて夏樹に「オニになっちゃダメ」と泣いたあの出来事。    雪夜が、急に薬を飲んで眠ると言い出したのは……もう夏樹がオニになるのを止められないと悲観し……自分の無力さに絶望したから……  雪夜が夢で夏樹に謝るのも、そのせいだ。  ――ゆきやのせいでごめんなさい……  ――オニさんにしちゃってごめんなさい……  ――なにもできなくてごめんなさい…… 「ゆきやといるとね、もっとオニさんになっちゃうの……」  雪夜の中では、夏樹はまだ完全にオニさんになったわけではないらしい。  角が生えて……牙が生えて……徐々にオニの顔に変化しているのだとか。 「だから、はやくしなきゃいけなくて……でもちょっとだけまってって……ねぇねと……やくそくしたの……」 ――「このまま一緒にいると、雪夜の大好きな夏樹さんがどんどんオニさんになっていくよ?」  いくら「ねぇね」に言われても、それでも雪夜は夏樹と一緒にいたかった。  だけど、完全にオニさんになってしまうと、夏樹は元に戻れないかもしれない……  だから、せめて最後に夏樹にいっぱい甘えて、夏樹やみんなに「ありがとう」と「だいすき」を伝えて……夏樹の誕生日をちゃんとお祝いして思い出を作ってからお別れしようと…… 「ねぇねとの約束は……俺とお別れすることだったの?」 「えっとね……ねぇねはね、ゆきやがみんなもとにもどるんだよって……オニさんじゃなくなるんだって……だからね、なつきさんも、だいじょうぶなの。だいじょうぶなんだよ?」  雪夜が、必死に「大丈夫」と繰り返す。    なにが……大丈夫なんだよ……  なにも大丈夫じゃねぇだろっ!?  雪夜がいなくなれば……?  いなくなるつもりなの?  雪夜がいなくなったら俺は……    ぎゅっと目を瞑った夏樹は、やり場のない怒りと悲しみを、爪が食い込む程に拳の中に握り込んで大きく息を吸った。  思いっきり叫びたい気持ちを抑え込んで、ゆっくりと瞼を開く。    落ち着け……雪夜を怖がらせちゃダメだ……  雪夜は何も悪くないんだもの……  悪いのは……―― *** 「雪夜、ねぇねはもういないんだよ」  夏樹は、雪夜をそっと抱き寄せて囁いた。 「いな……い……?でも……ねぇねが……あぁ、そうだ……ねぇねは……ゆきやがねぇねを……」 「違うっ!雪夜は何もしてない。ねぇねがしんだのは雪夜のせいじゃない。雪夜はなにも悪くないんだ」 「だけど……オニさんが……」 「オニさんが嘘ついてるの!まっくろくろのオニさんは、悪いオニさんなんだよ!」 「わるい……オニさん……?でも……ねぇねは……ゆきやがわるいこだから……しんじゃえって……どーんって……」 「それはね……ねぇねは雪夜のことを守ろうとしてくれたんだよ」  雪夜の記憶の中で、姉の記憶と犯人の記憶がぐちゃぐちゃになっていた。  姉が亡くなったのは雪夜のせいだと犯人に思い込まされたのはわかっているが、どうやら姉が亡くなった後も、犯人はとして雪夜にいろいろ吹き込んだらしい。   「ねぇねがね……みんながオニさんになったら……ゆきやがいきてちゃダメって……ゆきやがいなくなればみんなもどるからって……」  それはつまり……万が一監禁場所がバレて雪夜が助けられた場合、自分に都合の悪いことを言う前に雪夜が、とかけられた残酷で最悪な犯人の言霊(呪い)……  言霊(呪い)が不十分だったのか、当時の雪夜はその言霊(呪い)は発動しなかったようだが、今回夏樹がオニになってしまったことで、どうにか夏樹をといろいろ考えているうちにその言霊(呪い)を思い出してしまったようだ。 「ねぇ雪夜、それは本当にねぇねに言われた?雪夜にそう言ったのはオニさんでしょ?ねぇねはそんなこと言わないよ」 「でも……」 「雪夜、よく思い出してみて?ねぇねは最期に何て言ってた?雪夜をどーんって押した時、「にげろ」って言ってなかった?」 「……にげろ……?……そうだ……ねぇねは「にげろ」って……いってた……!」  雪夜がハッとした顔で夏樹を見た。    お?イイ感じ!?   「うん、でしょ?ねぇねは雪夜に生きて欲しかったから「逃げろ」って言ったんだよ!!そんなねぇねが、雪夜に「生きてちゃダメ」なんて言うはずないでしょ?」 「……うん……でも……でも、なつきさん……ゆきやといるとオニさんになっちゃう……」  あ~くそっ!!  オニさんね……オニさんは……どうしようか……    それもまっくろくろのオニさんの嘘だと言えばいいのかもしれないが、雪夜の目には本当に周囲の人間が「オニ」に見えていたわけだし、今は夏樹も……オニに見えているわけで……  これに関しては雪夜にとってはまっくろくろのオニさんの言葉は真実なのだ。 「まっくろくろのオニさんはうそつき……?ねぇねは、いってない……でも、なつきさんが……オニさんになっちゃう……オニさんになっちゃうよ?……ゆきやのせい……?」  姉の言葉、まっくろくろのオニさんの言葉、夏樹の言葉、何を信じればいいのかわからず雪夜が混乱して頭を抱えた。  姉のことは言うべきじゃなかった?  伝え方を間違えた?  どうすれば良かったんだ!?  夏樹は雪夜を抱きかかえたまま、片手でガシガシと自分の髪を搔き乱した。  工藤や斎のように専門的な知識があればもっといい対処法があるのかもしれない……  でも、今ここには夏樹しかいない……  夏樹には……何が正解かなんてわからない……  わかっているのは……   「雪夜――……」 ***

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