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夜明けの星 9-95(夏樹)

「雪夜、オニさんになった俺は……怖い?」 「……ぇ?」  混乱して頭を抱えていた雪夜が、ビクリと肩を震わせた。 「本当のこと言っていいよ。怖かったら怖いって言っていい。俺に気を使わなくていいから……教えて?」  夏樹は雪夜を抱きしめていた腕を緩めて少し身体を離した。  完全に離れることはしない。  今の雪夜は不安定過ぎてどう動くのか全然読めないから、すぐに反応できるようにしておかないと……  でも……オニになった俺に抱きしめられるということは、雪夜にしてみれば……囚われているのと同じ状態なわけで…… 「こ、こわくないっ!!こわくないよ!?」  雪夜が夏樹の服を掴んで、ぶんぶんと音が鳴りそうなくらい首を横に振った。    ごめんね……こんな聞き方をすれば、雪夜は「怖くない」って答えるしかないよね…… 「俺は……まっくろくろのオニさんと同じになってない?」  夏樹には雪夜に今の自分がどう見えているのかわからない……  完全にオニさんになったわけじゃないって言われても、じゃあ一体どういう状態なの……?  怖くないなんて……そんなわけないよね……?  だって……  昏睡状態から目覚めた時、みんながオニに見えて怯えて泣いていた雪夜……夏樹は今でも鮮明にあの時の……恐怖と絶望と少しの諦めが入り混じった雪夜の表情を思い出せる。 「おなじなってない!!まっくろくろのオニさんとなつきさんは、ぜんぜんちがうの!だって、なつきさんは……なつきさんはね?オニさんになっても、なつきさんで……カッコよくて……やさしくて……っ……よしよししてくれて……ひっく……っ」 「そっか、俺オニさんになってもカッコ良いんだ?」  一応……褒められてるのかな……?  夏樹はちょっとおどけながら笑うと、しゃくり上げる雪夜の頭を軽く撫でた。 「うん、カッコいい……あのっ……あのね、なつきさんは……っ……なつきさんはまだだいじょうぶなの!オニさんだけど……でも、オニさんじゃないの!だからね、ゆきやがいなくなれ……ぶにゅ?」  夏樹は片手で雪夜の頬を両側からむぎゅっと挟んで、雪夜の言葉を遮った。  やはり、雪夜は夏樹を人間に戻すためには自分がいなくなればいいと思い込んでいる。  しかも、犯人の言霊(呪い)のせいか、自分がいなくなる=命を絶つ=死……だと結びついていないのか、命を絶つことに恐怖を感じていないらしい。  あっさりと「雪夜が大丈夫」と言う……  夏樹はその度に……犯人に対する怒りと憎悪で脳が焼ききれそうで……奥歯をグッと噛みしめた。 *** 「……雪夜、俺との約束は?」 「……へ?」  ――夏樹やみんなを人間に戻したければ、雪夜がいなくなればいい。  雪夜は姉にそう言われたと思い込んでいて、それを姉とのだと思っている。  でも、約束なら…… 「俺とも約束したでしょ?一緒にいろんなところに行こうねって」 「……えっと……」  雪夜が困ったようにうつむいた。  最近、未来(さき)の話しをすると雪夜の表情が暗くなっていたのは……今夜夏樹にお別れをするつもりだったからなのだろう……  夏樹も……雪夜が夏樹から離れようとしていることは薄々気づいていた。  だから、佐々木にあのガイドブックを持ってきてもらったのだ。  ねぇ……雪夜はあの時、一体どんな気持ちで俺の話しを聞いてたの?  どんな気持ちで……指切りした?  雪夜に手を伸ばして触れる寸前、ふと、手を止めた。 「ぁ……っと……雪夜、今更だけど……抱きしめてもいい?大丈夫?怖かったら……」 「だ、だいじょぶ!だいじょ~ぶだよ!いいよ!?こわくないよ!!」 「そか、ありがと」  夏樹は雪夜の頬を優しく撫でながら、雪夜を抱き寄せ静かに話しを続けた。   「――雪夜、オニさんになりかけの俺は怖くないんだよね?じゃあ……俺との約束守ってよ。あのガイドブックに載ってた場所、全部行ってみようって約束したでしょ?その次は日本全国、世界一周……二人で一緒にいろんなところに行こうねって約束したでしょ?」 「ぁ……あの……でも、それは……いつになるかわからないし……」 「いつになってもいいよ。何年かかってもいい。雪夜と一緒に行かないと意味がないんだよ。おじいちゃんになっても絶対に連れて行くからって約束したでしょ?」 「でも、それだとオニさんに……」  雪夜が焦ったように夏樹の顔を見た。 「俺が完全にオニさんになっちゃう?」 「……ぅん……」  完全にオニさんになる……か……  今がどういう状態なのかもわからないので、完全にオニになった俺が雪夜にとってどう見えるのか、何が違うのかがわからない。  でも…… 「雪夜、俺との約束が全部終わった時……俺が完全にオニさんになってたら……ううん、約束の途中でも、俺がもし完全にオニさんになっちゃって、雪夜がオニさんになった俺と一緒にいるのが怖いって思ったら……」 「こ、こわくない!!なつきさんは……オニさんになってもこわくないよ!!それに、オニさんになっちゃっても、ゆきやがいなくなれば……」 「雪夜!お願い、ちょっとだけ聞いて?」  夏樹は興奮気味の雪夜の背中をトントンと撫でて、宥めた。 「あのね、俺が完全にオニさんになっても雪夜が今と同じように俺を怖がらずに一緒にいられるって言うなら、何も問題はないでしょ?そのまま一緒にいよう。だけど、俺が完全にオニさんになって……もし雪夜がやっぱりこのままだとダメだ。俺を人間に戻すためにねぇねのところにいくって言うなら……その時は俺も」 「……え?」  雪夜がポカンと口を開けた。 「一緒にいこう。俺も雪夜と一緒にねぇねのところにいくよ」  夏樹は、爽やかに言うと、雪夜ににっこりと笑いかけた。 ***

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