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夜明けの星 9-97(夏樹)
「……オニさんで……いいの?」
何度目かのやり取りで……ふと夏樹の言葉に雪夜が今までと違う反応を返して来た。
「ん?」
涙と雨で潤んだ雪夜の瞳が夏樹をジッと見つめ返して来る。
つい数分前までは会話をしていても夏樹の言葉にはどこか否定的で、頭の中のオニさんとねぇねの言葉にばかり答えていた。
そのため、目の前にいるのに視線が合わず、どこを見ているのかわからない目をしていたが……
少しは響いたのかな……?
夏樹は若干の手ごたえを感じて、ほっとしつつ微笑んだ。
「うん、俺は全然いいよ?オニさんのままでもいい。雪夜がオニさんになった俺を怖くないなら……ね」
だって、俺がオニに見えてるのは雪夜だけだからね……
「雪夜は……俺以外の人たち……兄さん連中や愛ちゃんたちがオニさんだった時はどうだった?怖かった?」
「こ、こわくないよ!!えっと……えっとね、あのね……」
「うん……焦らなくていいよ。ゆっくり思い出して」
「あのね……」
雪夜は、実はわりと最近までみんながオニに見えていたらしい。
最初はみんな同じオニの顔に見えていたので声や服装で見分けていたが、身近な人だけは徐々に人間の顔に見えるようになってきて、顔でも見分けがつくようになったのだとか。
「あのね、こわいかな~っておもったの。みんなオニさんだったから。でも、おにいさんたちも、あいちゃんママたちも、ささきたちも……み~んなこわくないの。やさしくて、おもしろくて、おいしいの!!」
「……んん?」
「あ、ちがう……えっと、たのしいの!!」
雪夜さん?今本音が出た?
そうだね、みんな美味しい食べ物を持ってきてくれたり作ってくれたりするからね。
「ふっ……んん゛、そかそか」
夏樹は辛うじて吹き出すのを堪えて、苦笑した。
「うんうん、えっとね、だからね……だから、なつきさんもこわくないよ!!」
「そう?……そか……良かった。それじゃ、俺が完全にオニさんになっても、ねぇねのところにはいかなくていいね!」
「……え?……っと……う、うんっ!」
雪夜が曖昧に頷いた。
まだ「ねぇねのところにいかない」という選択肢は出てこないらしい。
う~ん……雪夜がねぇねのところにいくのは、そもそもはオニになった俺を元に戻したいから……だよね?
それじゃぁ……
***
「――俺はオニさんのままでもいいんだけど……もし、雪夜がオニさんになった俺と一緒にいるのは怖いな~とか、イヤだな~って思ったら……その時は、俺はお面でも被って顔を隠すよ」
「……え、おめん!?」
「着ぐるみでもいいよ?クマさんの着ぐるみでも着ようか?」
「くまさんの……きぐるみ……?……ふふっ」
雪夜がクスリと笑った。
「ふふ、なつきさんがきぐるみ……クマさんのなつきさん……ぅふふ……」
どうやらクマの着ぐるみがツボにハマったらしい。
雪夜は数時間ぶりに、ようやく楽しそうにクスクス笑った。
雪夜が笑ってる……
うん、やっぱり……笑ってる方がいいな……
夏樹もつられて笑いつつ、雪夜の顔に貼り付いた髪を指でそっと払って頬を撫でた。
「俺がオニさんになったからって無理に元に戻そうとしなくてもね?……オニさんのままでも、そんな風に一緒にいられる方法はいっぱいあるんだよ」
「いっしょに……」
「そう、一緒に。あのね、雪夜。人間は誰だっていつかはいなくなる。この先俺たちが長生きしたところで、たかだか数十年だ。もう百年先の景色は見られないんだよ。それなら、その数十年くらいは精一杯楽しんでもいいと思わない?雪夜がオニさんになった俺やみんなといるのが怖くないなら、ねぇねには数十年くらい待ってもらおうよ」
「まってもらう……?」
「うん、たった数十年。俺との約束を守ってたら、あっという間だよ。ねぇねのところにいくのは、ふたりでいろんなところに行って、いろんな景色を見て、いろんな体験をして……いっぱい笑って、いっぱい驚いて、いっぱい幸せになってからでもいいと思うんだよね」
「し……あわ……せ?……ダメッ!!だめだよっ!」
「雪夜?」
「幸せ」という言葉を聞いて、また雪夜の表情が固まった。
そんな雪夜の様子に、夏樹も固まる。
なんだ?
何か別のトラウマを刺激しちゃったのか?
「幸せ」がダメってどういうことだ?
「ダメなの……ゆきやはしあわせダメなの!……ゆきやばっかりズルいから……」
ズルい……?あぁ、そうか……
う~ん……
夏樹は軽くこめかみを押さえて唸った。
***
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