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夜明けの星 9-100(夏樹)【おしまい】
「――……っ……ん……」
暑い……
なんとなく寝苦しさを感じて夏樹が目を開くと、見慣れた天井が見えた。
眠ってたのか……あれは……夢……だった?
「う~~ん……」
「あ、起きた~?」
夏樹がやけに気怠い身体をグッと伸ばすと、ベッドサイドでパソコンを弄っていた裕也が覗き込んで来た。
「なっちゃん、だいじょ~ぶ?」
「あれ……?裕也さん、なんでここに……?」
「こらっ!誰がなっちゃんたちをここまで運んだと思ってんの!?」
ってことは……やっぱりあれは夢じゃなかった!?
「雪夜はっ!?」
「そこ」
「へ?」
ガバッと起き上がりかけた夏樹は、自分の胸元に雪夜が抱きついて眠っていることに気付いて慌ててまた横になった。
良かった……
むにゃむにゃ言っている雪夜の髪をそっと撫でて、ほっと息を吐く。
……って、あれ?なんだか雪夜……
「あの~……裕也さん……?」
「ん?」
「なんで俺と雪夜は裸なんですかね……?」
雪夜の背中を撫でようとした夏樹は、滑らかな素肌の感触に手を止めた。
「……裸?やだなぁ、パンツは穿いてるでしょ?」
「そうですけど……なぜにパンツ一丁?」
「僕が脱がしたからだよ~?」
「はい?」
「あの日、なっちゃんが電話の途中で消えたっきり音沙汰なかったからさぁ、気になって朝方通行止めが解除されるなり飛んで来たんだよ。そうしたら――……」
裕也が別荘に着いた時、夏樹と雪夜は池の桟橋の上で倒れていた。
真夏とは言え、何時間も雨風に打たれながらパニクって暴れる雪夜の相手をしていたので、さすがに夏樹も疲労困憊で……
雪夜が正気に戻ってまた気を失ったあと、ほっとした夏樹もそのまま倒れてしまっていたらしい。
裕也はとにかく二人を別荘へ運ぼうとしたのだが……
「二人ともずぶ濡れだし、なっちゃんは雪ちゃんを抱きしめて離さないし、雪ちゃんはなっちゃんの手を掴んで離さないしで……仕方ないから二人まとめて担いで別荘まで戻って……」
別荘に戻ってとにかく二人の身体を拭こうとした裕也だったが、服は濡れてドロドロでべったり身体に貼り付いていたし、二人とも離れる気配がないしで脱がすことが出来ず……
「なんか面倒くさくなったから服は引き裂いて、身体はざっと拭いてそのまま二人揃ってベッドにポイってしました!」
ちょ、服ぅううううう!!
そりゃまぁ、あの時着てたのはただのパジャマ代わりのTシャツとかだからいいけど……
「それは……お手数おかけしました……」
「ほんとだよ!めちゃくちゃ大変だったんだからね!?いっちゃんたちが来るのが遅かったから僕ひとりでやったんだからっ!!」
「すみません……」
「まったくもう!!なっちゃん、この借りは……必ず返してもらうからね!?」
「はい……何でもしま……ぶっ!!」
寝室内にパンッ!といい音が響いた。
裕也が夏樹の頬を両手で軽く挟んだのだ。
めっっっっっちゃ痛い……
「僕がおじいちゃんになったら、なっちゃんたちが介護してよね。頼んだよ!」
裕也が珍しく年上らしい顔で夏樹に笑いかけた。
「ふぁぃ……」
あぁ……もしかして……
あの時……
雪夜がどうしても死ぬ気なら、俺もこのまま一緒に死んでもいい……
そう思う気持ちが頭の片隅にあった。
もちろん、まだまだ雪夜と一緒に生きて行きたい気持ちの方が大きかったので、どうにかして“死”から雪夜の意識を逸らせようと必死だったが……ほんの一瞬、そう思ったのも事実で……
裕也にそれを見抜かれたような気がして……
気まずくて視線を逸らした。
「裕也だけじゃないぞ~?俺らもいるからな。頼んだぞ~!」
タイミング良く、浩二がお盆に水と風邪薬を乗せてやってきた。
「ほら、これ飲んどけ。もう熱は下がってるけど、一応……な」
「ねふ ?」
裕也の愛のムチによって真っ赤に腫れあがった頬に、キンキンに冷えたペットボトルを当てながら薬を受け取る。
雪夜が正気に戻った頃にはもう台風は過ぎて雨は止んでいたが、吹き返しの風が吹いていたため濡れた身体が冷えて、夏樹と雪夜は揃って風邪を引いたらしい。
あぁ、だから雪夜の身体が熱いのか……
「重ね重ねすみません」
「そう思うなら、早く元気になれよ」
浩二と裕也はそう言って笑いながら夏樹の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわして出て行った。
兄さん連中は……夏樹と雪夜が台風の中、庭に出ていたことについて何も聞いてこない。
恐らく、みんな何となくは察していて、あえて触れずにいてくれるのだろう。
夏樹はぐしゃぐしゃになった髪を直しつつ、心の中で兄さん連中に頭を下げた。
***
夏樹は二日ほどで熱が下がったが、雪夜は一週間ほど微熱が続いた。
熱が下がってからの雪夜は、しばらくの間……夏の終わりから木枯らしが吹く頃まで、ぼんやりと過ごしていた。
夏樹が食べさせれば食事もするし、薬も飲む。
夏樹が手伝えば着替えも出来るし、お風呂も入る。
ただ、あまり喋らず……感情も表情もなく……ぼんやりと宙を見つめていた。
後 に雪夜に聞いたところによると、この時雪夜は頭の中で、ねぇねの記憶を整理して雪夜なりに受け止め消化していたらしい……
工藤や斎に今回の件を話すと……
まっくろくろのオニさんの言霊 と、ねぇねの言霊 ……
どちらも強力なので、簡単に呪いを解くことは出来ない。
今回は運良く一時的に解除されただけの可能性が高い。
でも、今回のことで雪夜の中での夏樹の存在が大きくなったのは確実で……
この先またトラウマを刺激するような出来事や言語を耳にしたとしても、夏樹がいれば少なくとも……「生きてちゃダメ」「幸せになっちゃダメ」という考えには至らないだろう……との見解だった。
その後……
雪夜の目には相変わらず夏樹はオニさんに見えていたらしいが、夏樹が「オニさんのままでもいい」と言ったことで、雪夜も「夏樹さんがオニさんになっても一緒にいたい」と考え方が変わったようだ。
そのおかげか、雪夜が落ち着いてくるにつれて、だんだんと角や牙が小さくなってきて、今は元の顔 に見えるようになったらしい。
「ねぇ、雪夜。今の俺って、イケメン?」
「はい!夏樹さんはいつだってカッコいいです!オニさんの時もカッコよかったですよ!!」
「そか!ありがと~!」
頬を紅潮させて力説してくれる雪夜が可愛い。
いくらカッコいいと言ってくれても、雪夜にしてみればオニに見えているのだからやはり怖いかもしれないと思い、しばらく禁欲生活になっていたが……ようやくまた雪夜を思いっきり抱きしめることが出来るようになったので夏樹はテンションが上がっていた。
雪夜を抱きしめて頬を摺り寄せる。
「わっ!ふふっ……」
くすぐったそうに笑う雪夜を見て、夏樹も顔を綻ばせた。
雪夜にカッコいいと言われるのが一番嬉しい。
だって、雪夜には俺……カッコ悪いところばっかり見せてるからね……
「どうかしましたか?」
「ううん、今日も雪夜は可愛いな~と思ってね」
「ええっ!?今、なにか可愛い成分ありましたか?」
雪夜が真顔で考え込んだ。
成分……?そりゃもう……
「可愛い成分しかないよ?あ、甘い成分もあるか……」
「甘い……?」
「そ、甘い……」
キョトンと首を傾げる雪夜ににっこり微笑むと、小さなキスを繰り返しながらベッドに押し倒した――
***
――未来の話しをしよう。
きみといられる現在 は、奇跡的で何よりも尊く……
きみと描く未来は何よりも輝いている。
二人だから叶えられる夢……
二人だから見られる夢……
二人だから見たい夢……
それは愛しいきみとだから生まれた夢。
夢は可能性。
可能性は無限大で、希望に満ちている。
未来はまだ真っ白で、何色に染めるも自由だ。
過去は変えられなくても、未来を創るのは自分自身。
きみが……
雪夜が自分で選んでいける。
雪夜が自分で変えていける。
雪夜が自分で掴み取っていける。
それは誰にも邪魔出来ない。
俺が誰にも邪魔させない。
だから、どうか……俺と一緒に未来 を生きてほしい……
願わくば、雪夜の未来が笑顔に溢れているように。
できるなら、最期のその瞬間まで雪夜の傍らにいられるように。
過去も現在も未来も……
いつだってきみを
――愛してるよ――
***あとがきみたいな何か***
ここまでお読みいただきありがとうございます。
そして、みなさまの心の声を代弁させていただきます。
「第9章長すぎる!なんで第9章が最終章とか言っちゃったんだよ蒼井!?」
はい、途中でもう一回くらい章を分けるべきでしたね……最終章だけで100話て……
もともと小説のつもりで書いていなかった原案だけの話だったので、正直ここまで続くとは思わず、自分でもびっくりです。
稚拙な文章の上、設定がごちゃごちゃしているのでわかりにくい部分も多々あったかと思いますが、みなさまが温かく見守って下さったおかげで最後まで走り抜けることが出来ました。
たくさんのリアクションやお気に入り、しおり、レビュー、スキ!、そしてコメントを本当にありがとうございます!
しょっちゅう間違いすれ違いつつもお互いを大切に思う不器用な雪夜と夏樹、そして二人を取り巻く濃いサブキャラ軍団を少しでも愛していただければ幸いです。
雪夜には乗り越えなければならない問題がまだいくつも残っているので、夏樹さんの心労はまだまだ続きますが、ひとつ雪夜の中で過去に区切りがついたということで、ひとまず二人の物語にも区切りをつけたいと思います。
ただ、まだ二人の物語は続いているので【了】などの文字を入れるのはやめました。
タイトルには入ってるけど……
二人の今後については、続編か短編かはわかりませんが、またいつか書けたらいいなと思います。需要があればw
長い間ご愛読いただき本当にありがとうございました!
蒼井葉月
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