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SS6【水の中の天使1(夏樹)】
「――つまり、俺はスタッフとしてプールサイドを見回りつつ、そいつらを捕まえればいいんですか?」
夏樹は渡されたホテルスタッフの制服に着替えながら、鏡越しに兄さん連中を見た。
***
ここは詩織 のお友達が経営するリゾートホテルだ。
ちょっとお高めのリゾートホテルで、表向きは一般客も利用できることになっているが、実はほぼ会員制になっている。
利用客はまぁ……それなりの地位と金を持っている人間が多い。
会員制にすることで利用客の身元は保証されているため、ホテル側としても安心して受け入れが出来るし、客側も安心して利用できるというわけだ。
ところが最近、甘やかされて育った勘違いぼんぼんが数人、半グレかぶれの半端者とつるんでホテルの専用プールやバーで女性客を引っ掛けては酔わせて部屋に連れ込み不埒な真似をしているとの被害報告が増加しており、ホテル側から少々お灸を据えて欲しいと連絡があった。
「あぁ……親の威光を笠に着て好き勝手する輩がいても、そいつらの身元がわかっているせいでホテル側が大きく動けないと?」
「ま、そういうことだな」
浩二がわざとらしく肩を竦めた。
いわゆる大人の事情というやつらしい。
ホテル側が動けないということは、警察などには頼らずなるべく秘密裏 に事を収めたいということだ。
かといって詩織が動くと龍ノ瀬 組が動くことになるので、詩織を通して斎たちに依頼が来たということなのだが……
「俺たちがスタッフで歩き回ったら目立つだろう?ほら、隠しきれないオーラってやつ?その点、学生のナツなら夏休み限定のバイトスタッフってことでちょうどいい!」
何がちょうどいいのかわからないが、とにかくそういうことで夏樹に話が回って来た。
はいはい、どうせ俺には兄さんらみたいなオーラなんてないですよ!
まぁ、俺としては愛ちゃんの地獄の夏合宿から抜けられるなら何でもいい!!
本来ならば、夏休み期間中は白季組 の若い奴らと一緒に、愛華の“ハラハラ☆ドキドキ!太陽と海の夏合宿in無人島”に連れて行かれるはずだったのだが、無人島へ向かうヘリに乗せられる直前に詩織からこの話が舞い込んで来たので、夏樹はこれ幸いとばかりに一も二もなく飛びついたのだ。
***
「いいかナツ、営業スマイルは忘れずに。他の利用客を威圧すんなよ?それから、絶対にメガネは取るな。仕事にならなくなるからな。あと、……」
意外と心配性の晃 が夏樹の髪をセットしながら注意事項を述べていく。
潜入が必要な依頼の場合、普段は手先が器用な晃が斎たちに特殊メイクを施し、変装して潜入しているらしい。(斎たちは裏界隈でも有名なので、いろんな意味で目立ってしまうからだ)
だが、晃は店が忙しくずっと現場に詰めることはできない。
ターゲットがいつ現れるかわからず長期戦が予想される今回のような場合は、晃の特殊メイクに頼ることが出来ないため、斎たちはあまり表立って動けないのだ。
そこでちょうど夏休みに入った夏樹に白羽の矢が立った。
夏樹は元々格闘技をならった経験はなく、ケンカを売られたら我流で適当にぶん殴っていただけだったが、白季組に引き取られて毎日愛華にみっちり戦いの基礎を叩き込まれ、地獄の合宿で心身共に鍛えられたせいで、今では夏樹とまともに殴り合えるのは斎たち一部の人間だけになった。
というわけで、犯人が複数犯でも、半グレ程度なら夏樹ひとりでも問題ない。
その上、20代でも余裕で通用する見た目なのに、実年齢的にはまだ未成年。
つまり、夏樹は今回の潜入要員としていろいろとちょうどいいらしい。
「よし、だいたいこんなもんかな?ヘアセットの仕方覚えたか?」
「あ、はい。たぶん!」
「お前なぁ……まぁ、地味にまとめてればなんでもいいか……」
晃が夏樹の頭を叩いて投げやりに笑った。
全体的にハイスペックな連中に囲まれているせいで夏樹の自己評価はだいぶバグっている。
本人は至って平凡だと思っているが、斎ほどではないにしても夏樹の容姿も十分ハイレベルで女性の目を惹きやすい。
そのため、晃としては出来れば夏樹の顔は髪で隠したいところなのだが、一応ホテルのバイトスタッフに扮装するのであまり見た目を悪くすることはできない。
なるべく目立たないように地味な髪型にして黒縁メガネで艶消しをするのが精一杯だった。
ちなみに、このメガネは裕也特製で超小型カメラが付いている。
「ナツ、ターゲットを見つけたらなるべく穏便にな」
斎が夏樹のクロスタイを直して肩をポンと軽く叩いた。
「穏便に……ですか?」
「そそ。話しは聞ける程度にしておいてくれよ?」
「わかりました。骨の一本や二本はいいってことですね?」
「おいおい、誰だよナツにそんな物騒なこと教えたのは!?」
夏樹の問いかけに、浩二が顔を顰める。
「俺たちだろ」
「んじゃ仕方ねぇか」
「別に骨くらいなら話しは聞けるから問題ないんじゃない?」
裕也が呑気に笑った。
「それはそうだが、詩織さんには「ターゲットにはなるべく傷をつけるな」って言われてるんだよな~。だから、せめて関節を外すくらいで……」
「骨折は外から見えないからギリセーフじゃね?」
「それもそうか」
「まぁ、程々にな?」
「はい。それじゃ行ってきます――」
夏樹は兄さん連中が口々に好き放題言っているのを聞き流し、裕也から連絡用のイヤホンを受け取ってさっさと部屋を出た。
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