680 / 715

SS6【水の中の天使 2(夏樹)】

 夏樹がバイトに入ってから数日間はターゲットが現れず、特にトラブルもなかった。  ターゲットの方もホテル側が警戒を強めていることに気付いて様子を見ているのかもしれない。  やつらがこのまま狩場を変更してくれれば、ホテル側も助かるし、夏樹としても数日間プールサイドを歩き回っただけでバイト代をもらえるので良い事尽くしなのだが……    まぁ、人生そう簡単にはいかねぇよな……  兄さん連中はそれぞれに本業の仕事があるので、今回の仕事は主に裕也と夏樹に任されている。  裕也はホテル内の一室にこもって、ホテル内とホテル周辺の監視カメラでターゲットが現れるのをチェックしているので、現場に出ているのは夏樹だけだ。  ターゲットは、穏便に捕まえて目立たないように裕也のいるホテルの一室に連れて行くことになっている。……が、  相手が複数犯なんだから、多少の騒ぎは大目に見てもらおう。  兄さんたちの前では大人しく「はい」と答えたものの、夏樹はターゲットが複数犯という時点で、穏便に捕まえるのは諦めている。    だって、複数人を相手に手加減するのとか、目立たないようにとか、ぶっちゃけ面倒だし?   ***  ホテルのプールは室内と室外に分かれていて、室外の方は南国をイメージした作りになっている。  プールの形も、室内はよくある長方形だが室外は曲線で波をイメージしているとのことで、ちょっと独特の形をしており、プールサイドには南国らしい植物があちらこちらに植えられているせいで死角が多い。  ターゲットがをするのに持って来いの場所ということだ。  そのため、裕也からは室外プールの方を重点的に見回るようにと言われている。  重点的にって言われてもな~……簡単に言ってくれるよな、まったく……  ただの客として室外プールで張り込むなら簡単だ。  だが、長期戦となるとさすがにこちらが周囲から不審者扱いされかねないので、今回夏樹はバイトスタッフとして潜り込んでいる。  つまり、プール担当の給仕係として、プールのすぐ隣にあるバーからプールサイドでくつろぐ利用客に飲み物やフルーツの盛り合わせを運び、更にその移動中にプールで溺れている人や危険行為をしている人がいないかも目視確認するという仕事があるのだ。    プール担当は二人一組で、交代しながらプールサイドの見回りや給仕をすることになっている。  夏樹とはここで働き始めて3年目だという男が教育係として一緒に組んでいるはずなのだが、この男、初日に一通り仕事の説明をしてもらった後はほぼ見かけていない。どうやら男はサボりの常習者らしい。  上司にチクってやろうかと思ったが、なぜか裕也に止められてしまった。  裕也には何か考えがあるのだろうが、大変なのは現場にいる夏樹だ。  プールからバーに戻っても交代することが出来ず、結局夏樹がプールとバーを(せわ)しなく往復し、一日中ほぼ休憩なしで歩き回る羽目に……  そのことを裕也に愚痴ると、 「え~?ただ歩き回るだけなんだから、簡単でしょ?それとも無人島内を歩き回る方が良かった?」 「え゛……イイエ、コッチガイイデス」 「だよね~?なんせ床はキレイに整備されてフラットだし、攻撃してくる害獣も毒虫もいないし、きれいな水で水分補給できるし、食料はあるし……無人島と比べれば天国みたいなもんだよね!」  と笑顔で返された。 「……アハハ……ソウデスネ……」  お願いだから、無人島とホテルを比べるのはやめてっ!  ちなみにそんな夏樹は後日、『プールサイドをすごい速さで移動する伝説のスタッフ』として利用客の間で話題になっていたらしい。  時間短縮のために早歩きで移動してただけなのに…… ***  ――あいつ、またいねぇのかっ!  今日も夏樹の教育係は朝からサボっているらしい。  あの野郎、この依頼が終わったら覚えてろよっ!?むしろ俺がしてやるよっ!  っていうか、そもそも室外プールの方に死角が多すぎなんだよ!この邪魔なを全部引っこ抜けば済む話じゃねぇの!?  死角が多いから、よからぬことを考えるやつにとして目を付けられるわけで、だったらそいつらが狩りが出来ない環境に変えればいいのだ。  イラついていた夏樹がプールサイドに植えられた南国っぽい植物の幹を少し乱暴に握った瞬間、耳元から裕也の声が聞こえた。 『あ、なっちゃん?ホテルの備品傷つけたら給料から差し引くから気を付けてね~!もちろん、植物も備品に入るからね?』 「……リョウカイデス……」  表情を変えずにそのままそっと手を離したが、内心はバックバクだった。  怖っ!裕也さんに俺の心読まれてた……!?  っつーか、ここは死角じゃねぇのかよっ!?――    ***

ともだちにシェアしよう!