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SS6【水の中の天使 3(夏樹)】
夏樹がバイトを始めて1週間が過ぎたある日。
その日は朝から何となく嫌な予感がしていた。
夏樹のこういう予感は当たる。
プールサイドに行くと、その予感はより濃厚になった。
夏樹が室外のプールサイドを見回る度に、プールサイドに置かれたビーチベッドに見知った顔がひとりずつ増えているのだ。
なんの悪夢だよこれ……
「――お~い、そこのきみ、カクテル持ってきて」
サングラスにアロハシャツ姿の浩二が、早歩きで通り過ぎようとした夏樹を難なく呼び止めた。
くそっ!逃げきれないか……っ!
夏樹は微かにキュッと靴音を立てて止まると、心の中で舌打ちをしつつ営業スマイルを貼りつけて振り向いた。
「申し訳ございません、アルコールはナイトタイムからになっております」
「メニューにはそんなこと書いてねぇぞ!」
「じゃあ、僕はまだ未成年ですので、アルコールは担当しておりません。ご自分であちらのバーカウンターまでお越しくださいませ」
「じゃあって何だよおい!っつーか、お前さっき普通にカクテル運んでたじゃねぇか!」
「お客様の気のせいです」
「おいこらバイト!ちゃんと働け!」
「働いてますよ。バイトながら、こうしてクレーマーの相手もしております。上司を呼べと仰るなら喜んで呼んでまいりますのでむしろそう仰っていただきたい」
いやもうマジで……上司を呼びに行きたい……デス!
「はあ~!?まったく、この坊主は相変わらず可愛くねぇなぁ~!」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「褒めてねぇよっ!あ~もういいや。それよりカクテル持って来いよ。喉渇いた」
「カクテルよりもいいものがございますよ」
「カクテルよりいいもの?」
「なんと今ならお客様の目の前にあるお水が飲み放題となっております!お好きなだけどうぞ!」
「目の前ってプールじゃねぇか!飲めるかバカ!」
「お客様でしたら飲んでもお腹を壊すことはないかと……~~~~っていうか、その服装は一体何なんですか!?なんでそんな恰好で来てるんですか!」
冷静にスルーするつもりだったが、あまりにも気になりすぎてとうとう耐えきれずにツッコんでしまった。
「お願いしますから、目立たないようにしてください!」
「だから地味にしてるだろ?サングラスもかけて顔隠してるし、この服だってこの場所には一番似合ってるだろう?俺はちゃんと場の雰囲気に溶け込める恰好をしてきたからな!」
浩二が自信満々にアロハシャツを見せつけてくる。
その自信は一体どこからくるんだ……
たしかに、南国風……というコンセプトには合っている。が、浩二が着ると南国というよりは、チンピラにしか見えない……そもそも……
「それを地味だと思ってる時点で間違ってるんですよっ!」
「ナツ、俺たちは休暇を満喫中のただの客だ。気にすんな」
浩二の隣で斎がトロピカルジュースを飲みながら気楽に笑った。
そのトロピカルジュースは数分前、ここに浩二が来る前に夏樹が運んできたものだ。
ただの客……?つまりこっちの仕事を手伝う気はないと?
だったら尚更、話しかけてこないでいただきたい……!!
通りかかる度に兄さん連中が順に夏樹に絡んでくるので、その度に仕事が滞ってしまう。
ある意味、今回のターゲットよりもよほど質 が悪いのだ。
夏樹が引きつった営業スマイルで兄さん連中の相手をしていると、
『はいはい、なっちゃーん、聞こえる?裕也お兄さんだよ~!聞こえたら踊って~!』
イヤホンから裕也の声がした。
また面倒なのが増えた……
「……」
夏樹は目に入る日差しを遮るフリをしながら、自然に軽く手を挙げた。
『え~?なっちゃんノリが悪い!』
ただでさえ兄さん連中のせいで目立ってるのに、こんなとこで踊れるかあああああああああっ!!
「……ちゃんと聞こえてますよ」
ったく、裕也さんまで……勘弁してくれっ!
だいたい、裕也さんが目立つなって言ったクセに変なことさせようとすんなよ……!
「で、どうしたんですか?」
『あ、そうそう。あいつらが来たよ!この感じだと、バーじゃなくてプール の方に行くと思う』
「っ!?」
それを早く言えっつーの!!
夏樹は浩二たちに手で合図をして、自然な仕草で周囲を軽く見回した。
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