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SS6【水の中の天使 6(夏樹)】
プールに飛び込んだ夏樹は、パニクって水面に出ようともがく男たちの顔面を手で掴み溺れる寸前まで水底に沈め、そいつらの頭を踏み台にして、子どもがいるであろうポイントに向かって泳いだ。
不意を突かれた上に溺れそうになった男たちは、夏樹から解放されるなり死に物狂いでプールサイドに上がった。
「……ゲホッ!……んだよあいつっ!?……ゲホッゲホッ!……くそがっ!ぜってぇぶっ●す!――」
夏樹に対してすぐに反撃してくるだけの元気はないが、悪態を吐く元気はある。
こんな奴らに人工呼吸なんてしたくないので、夏樹だってちゃんとそこら辺の加減はしておいた。
夏樹がわざわざ男たちを道連れにしたのは、兄さん連中が駆けつけるまでの時間稼ぎだ。
全員を叩き伏せてプールに放り込んでも良かったのだが、今はそれよりも子どもの救助が先なのでとりあえず二人だけにしたのだった。
あいつらは兄さんたちが捕まえてくれるはずだからいいとして……あの子は……?
男たちと違って、子どもの方は……ひどく静かだった。
水に落とされたのにもがいている様子がない。
子どもがいるあたりに目を凝らすが、それらしき水泡が見当たらないのだ。
そういえば、子どもは大人と違って静かに溺れるとか愛ちゃんが言ってたっけ……
あっ!もしかしてプールに放り込まれる時、あいつらに殴られたのかな?
大人でも頭に衝撃を受けると場合によっては脳震盪を起こして気を失うことがある。
あんなに小さい子なら、軽く殴られただけでも脳にかかる衝撃は大きいはずだ。
もし水に落ちた時に気を失っているか意識が朦朧としていたら……もがくこともなく溺れてしまう……
このホテルには室内プールの一角に子ども専用のプールがある。
小さい子はたいていそこで遊んでいるが、別に子どもが他のプールに入ってはいけないという決まりはない。
ただ、子ども専用プール以外のプールは少し深めになっていて、平均的な身長の成人女性の胸から肩くらいまでの水深になっている。
夏樹にとっては物足りない水深だが、遠目で見たあの子の身長なら水底に足をついて背伸びをしても顔がちゃんと水面に出るかどうか……
くそっ!なんであんな小さい子がひとりでこっちのプールまで来たんだ!?迷子ってことは、誰かを探しに来たのか?
***
――見つけ……っ!?
子どもに向かって手を伸ばした夏樹は、一瞬息を呑んだ。
水底まで射し込む神秘的な光芒の中を揺蕩 うその子の姿は神々しく、日本人離れした整った容姿と白く透き通った肌はビスクドールのようで……まるで一枚の絵画を見ているようだった。
普段から顔面偏差値の高い人達に囲まれているので美人は無駄に見慣れている。
そんな夏樹が一瞬とはいえ思わず見惚れてしまうほどにその子は美しく、何とも現実離れした光景だったのだ。
夏樹は陶器のようなその子の口唇から小さな気泡が漏れたのを見てようやく我に返り急いで抱き上げた――……
***
プールサイドに上がると、斎 と隆 がすっかり大人しくなった男たちの手足を縛っている最中だった。
他の男たちの姿がないところを見ると、どうやら夏樹に道連れにされた二人を見捨ててこの場からさっさと逃げ出したようだ。
夏樹はそっと子どもを仰向けに寝かせると、急いで救命処置を始めた。
こういう処置は斎たちの方が慣れている。
普段なら斎たちに任せて、夏樹は残りの男たちを追う側に回っていただろう。
だが、何となく……自分でもよくわからないが、この子のことは夏樹自身の手で助けたいと思ったのだ。
「ナツ、おまえ子どもの心肺蘇生やったことあんのか?」
夏樹が自分で処置を始めたのを見て、斎が驚いた顔をした。
「子どもは初めてです!」
「大人にする時より加減しろよ?」
「はい!――」
ん……?大人と子どもって何が違うんだっけ?加減ってどれくらいだ!?
「ナツ、この子は小さいからお前の力だと圧迫するのは片手で――……」
斎は、勢いよく返事をしたものの加減がわからず若干戸惑っていた夏樹に、さりげなく的確に小児の場合の処置方法を指示してくれた。
夏樹も救命講習は受けているのだが、小児の救命講習は簡単にしか受けていなかったので経験豊富な斎が指示してくれるのは心強い。
ちなみに、なぜ救命講習を受けたことがあるのかというと……
愛華の地獄の特訓は、まず救命講習会から始まるからだ。
「命 の取り合いをするヤクザにとって救命講習は必要不可欠!命大事に!潔く散るのが美学なんざ弱いやつの言い訳だよ!結局は生き残った者の勝ちなんだから、無様に這いずってでも生き延びてみせな!」
という愛華の考えから必ず全員受けさせられるのだが、ヤクザがどうとかより、そもそも愛華の特訓で生き残るために必要不可欠というのが本当のところだと思う。
救命講習の内容はだいたい一般的な普通救命講習の内容が主だ。
一般人と違うところは、銃創などの武器によるケガの応急処置も学ぶところだろうか……
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