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SS6【水の中の天使 8(夏樹)】
「……あれ?」
子どもを抱きしめてぎこちなく背中をトントンと撫でていると、不意に泣き声が止んだ。
泣き止んだってことは、もうトントンしなくて大丈夫なのか?
それにしても動かないな……
もしかして、どこか具合悪くなった!?
息は……してるよな?
表情見ればわかるか。
ちょっと、顔見せて~……顔……見えねぇえええええええええ!!
子どもは夏樹の胸元に顔を埋めているため、夏樹には子どもの様子を確かめることができない。
夏樹がひとりであたふたしていると、裕也と連絡を取っていた斎が横からそっと子どもの顔を覗き込んだ。
「眠ってるぞ」
「え?」
なんだ、寝てるのか……
「……」
落ち着いて耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえて来た。
そっか……寝てるだけ……
……って、え!?ホントに寝てるの!?
自分の腕の中で子どもが眠るという初めての状況がなんだかくすぐったい。
それと同時に、じわじわと込み上げるものがあった。
ちゃんと助けることができて良かった……!
***
「――眠ったなら、ちょうどいいな。ナツ、ユウが逃げた奴らを捕まえに行くってよ。タカと一緒にそこで転がってる奴らを例の部屋に放り込んで、ナツはそのままユウの手伝いしてこい」
周囲にはまだ野次馬が数人残っていたので、斎は隆と夏樹にだけ聞こえる声で早口で伝言を伝えて来た。
「え、今からですか!?でも、あの……」
この子はどうすれば……?
「俺とタカであっちに行ってきてもいいけど……お前、この子の保護者に説明できるか?」
「……ぅ゛……あ~……無理っすね……」
ホテル側にこの子の保護者を調べて連絡を取ってもらっているので、もうすぐ迎えに来るはずだ。
“プールに落ちたところを助けた”ということなら夏樹でも説明できるが、この子の場合は落ちたわけじゃない。
この子をプールに放り込んだ奴らについて聞かれたら、夏樹にはどこまで話していいのかわからない。
「だよな。ほら、おいで~」
斎がそっと夏樹から子どもを引きはがす。
「ふぇっ!?」
夏樹の服を握りしめていた手を外した瞬間、子どもがハッと目を覚まし慌ててまた夏樹の服を握ろうと手をニギニギしながらバタつかせた。
「~~~~っや……ぃやんよっ!」
あ、喋った……!
夏樹はちょっと眉を上げ、まじまじと子どもを見た。
あいつらに絡まれた時に叫んでいたので、喋れるだろうとは思っていたが……
予想以上に可愛い声で驚いた。
なるほど、天使は声まで天使!!
「にぃにぃぃいいい~~~~っ!」
子どもが必死に夏樹の服を掴む。
ん?にぃにって……俺っ!?
「おっと……ごめんね、起こしちゃって。あのね、このお兄さんはちょっと用事が出来ちゃったんだよ。だからお迎えが来るまでこっちのイケメンなお兄さんで我慢してくれるかな?」
斎が手慣れた様子で子どもを抱き上げ、夏樹と自分を指差しながら子どもに説明をした。
素で自分のことを“イケメンなお兄さん”と言えてしまうところが、兄さん連中のすごい所だと思う。
いやマジで……俺には真似できません……
夏樹が半分呆れ顔で、半分尊敬顔で見ていると、斎に「お前からも何か言え!」と目顔で促された。
「あ~……えっと、このお兄さんも怖くないよ。俺の……そう、お友達なんだ!優しいから大丈夫だよ!それで……俺は……え~っと……あ、俺は今から悪い奴らを捕まえに行って来るからね!だから……ちょっとだけ、このお兄さんと待っててくれる?」
「……にぃに……」
子どもは半泣き状態で斎と夏樹を交互に見ていたが、やがて口唇をぐっと噛みしめるとしょんぼりと項垂れながら、夏樹の服を掴んでいた手をそっと離した。
「――あの……っ!」
「っ!?」
夏樹は自分から離れていくその小さな手を思わず両手で包み込んだ。
なぜかこの手をそのまま離しちゃダメな気がした。
が、咄嗟に握ったので、そこから先のことは考えていなかった。
……この手どうしよう?
「あ、あの、え~っと……きみに悪いことした奴らは俺が絶対に捕まえるからね!もう怖くないから、大丈夫だから……その……泣かなくていいよ。俺はすぐに戻って来るから!ね!?」
あ~も~!俺何言ってんだろ……
テンパって、自分でも何を言っているのかわからない。
「……にぃに……しゅぐ?」
「え?」
「っ……しゅぐ、くる?」
子どもは涙を堪えながら、ちょっと拙い言葉で夏樹に問いかけて来た。
「……ぁ……うん、すぐに戻って来るよ!だから、待っててくれる?」
夏樹がにっこり笑って頭を撫でると、子どもは涙に濡れた目を擦りながらうんうんと頷いた。
「……あい!にぃに、まってる!」
はい、可愛い!
「よし!それじゃ、にぃに頑張って行ってくるね!」
夏樹は子どもの口調がうつったことに気付いて思わず苦笑しつつ、もう一度頭を撫でて、隆と一緒にその場を後にした。
***
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