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SS6【水の中の天使 9(夏樹)】
――数十分後。
夏樹は裕也たちと一緒に、とあるビルを見張っていた。
裕也の調べによると、プールから逃げ出した奴らはこのビルの地下にある改装中のダーツバーにいるらしい。
恐らく、そこが奴らの溜まり場だ。
「――……隆さん、ホテル内じゃないから手加減しなくてもいいっすよね?」
ホテルスタッフの制服から普段着に着替えた夏樹はビルの入口を見張りながら、まだ若干湿っている前髪を両手でかき揚げた。
隆に、「そんな全身びしょ濡れのやつを俺の車に乗せるのは嫌だから、ナツは走ってついてこいよ」と言われたので、ここに来る前に急いで着替えてきたのだ。
今日ばかりは、不測の事態に備えて常に控室に予備の着替えを置いていた自分を褒めたい。
ちなみに、隆は当初、プールで捕まえた奴らの見張りのためにホテルに残るはずだったのだが、こっちの方が面白そうだからという理由で見張り役に晃 を呼び出し、自分は夏樹と一緒にこっちにやってきたのだった。
「そうだな。とりあえず、リーダーっぽいやつとぼんぼんには、目立つ傷は付けるなよ。それ以外は手加減しなくていいだろ」
「了解です!」
「え、ちょっとどうしたの?なっちゃんがめちゃくちゃ殺 る気じゃん?」
タブレットで中の様子を窺っていた裕也がパッと顔を上げ、マジマジと夏樹を見ながら隆の肩をバシバシ叩いた。
「ナツは早く終わらせてあの子のところに戻らなきゃだもんな~!」
隆がちょっと含み笑いをしつつ、夏樹の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「ち、違いますよっ!そういうわけじゃ……」
「なんだよ?あの子のところに戻らねぇのか?」
「いや、そりゃまぁ……終わったら戻りますけど!?……でも……俺が戻る頃にはさすがに保護者が迎えに来てるでしょ……」
「まぁそうかもしれねぇけど、あの子迷子だしなぁ。もしかすると、まだ『にぃに』のこと待ってるかもよ?」
「はっは~ん、なぁるほどね~。それじゃ、可愛いなっちゃんのためにさっさと片づけようか!――」
隆と裕也がにんまりと笑って、両手をブンブン回しながらビルに向かった。
***
連中を捕まえるのは、あっという間だった。
ぼんぼんはもちろんの事、取り巻き連中にしても所詮は半グレかぶれの半端者だ。
ホテルで狩りをしていた連中の他に10人程度さらに下っ端らしき奴らもいたが、雑魚が何人集まろうが、可愛い弟 のために超殺 る気になっている裕也と隆がいる時点で、もう結果は見えていた。
夏樹は兄さんたちがお仕置きをしている間、すり抜けて逃げようとする奴らの逃げ道を塞ぐためだけに呼ばれたようなものだ。
っていうか、これ……俺絶対必要なかったよね……?
俺がいなくても兄さんたちだけで全然余裕ですよね!?
「あ~あ、ウォーミングアップにもならなかったじゃんか~……つまんな~~い」
「ん゛~っ゛!?」
呻きながら床に転がる連中を縛りつつ「物足りない」と文句を言う裕也を、ぼんぼんたちが化け物でも見るような顔で見上げ、声にならない悲鳴をあげた。
まぁ……俺が口を塞いで回ってるせいで声が出せないんだけど……
それはともかく、夏樹の仕事はもう終わった。
捕まえた後のことは、兄さんたちに任せておけばいい。
つまり……もう帰れる!
よし、帰ろう!
「隆さん、それじゃあ……俺は先にホテルに戻って斎さんに報告してきます」
夏樹は連中の口を塞ぐために使った布テープの残りを隆に投げつつ、さりげなく出口へと向かった。
「はいよ~。おい、ナツ!あの子が待ってるからって焦りすぎてタクシーに突っ込んでいくなよ~!」
昔、急いでいた浩二がタクシーを止めようとして勢い余ってタクシーに突っ込んでいったというのは仲間内では有名な話で、しょっちゅうネタにされている。
「俺は浩二さんじゃないから大丈夫です!」
「はははっ!――」
兄さん連中の笑い声をすまし顔で聞き流して外に出た夏樹は、扉が閉まるなり大急ぎで大通りまで走って、タクシーを捕まえた――……
***
ホテルに戻った夏樹は、斎たちの待つ部屋へと向かった。
「夏樹です。入りますよ」
「お~、お~つかれ~ぃ!」
「どうだった~?」
夏樹は部屋に入るなり、サッと室内を見回した。
いない……
そりゃそうだよな……
夏樹がホテルを出てからもう1時間以上経っている。
さすがにいるはずはないと思いつつも、本当にいないと知るとちょっとだけ残念な気持ちになった。
「ナツ~?何ボーっとしてんだよ。報告は?」
晃 がグラスを軽く持ち上げて夏樹の顔の前で振った。
斎と晃は、床の上にぐったりと転がっている男たちを肴にご機嫌で吞んでいた。
床の上には夏樹がプールに道連れにした男たちの他にもうひとり……ホテルスタッフの制服を着ている男も転がっている。
顔を確かめるまでもない。サボり癖のある夏樹の教育係だ。
この教育係がぼんぼんたちから小遣いをもらってプールの利用客の情報を流していたらしい。
「報告もなにも……どうせ向こうの様子は見てたんでしょ?」
「なんだ、バレてたか」
斎がテーブルに置いてあるノートパソコンを持ち上げた。
そこには、先ほどまで夏樹がいた改装中のダーツバーの様子が映っていた。
恐らく裕也から映像が送られてきているのだろう。
「それで……あの子は!?あの後どうなったんですか!?ちゃんと保護者は来たんですか!?」
斎に任せてあったので大丈夫だとは思うが、迷子だったというのが気になる。
「落ち着けって。まぁ、座れよ。話してやるから」
「はい!」
斎に促されて、夏樹はサッとベッドに腰かけた。
***
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