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SS6【水の中の天使 10(夏樹、斎)】

「それで?あの子は誰が迎えに来たんですか?」  夏樹はベッドに腰かけるなり、斎に先を促した。  が…… 「まぁそんなに焦るなって。お前も何か飲むだろ?」  斎がバーのメニューを渡してきた。  いや、俺一応数日とはいえバイトしてたんでメニュー覚えてますけど。  っていうか…… 「俺は別に飲みものは……」 「飲むよな?喉渇いてるよな?」 「ハイ!喉渇いてる気がします!ウーロン茶とか飲みたくなってきたな~!なんて……」  笑顔で圧をかけてくる斎さんに逆らうことなど愚の骨頂! 「ナツ、俺はストレートな」 「俺はロックで」  え、それは俺に持って来いと?  いや、普通にフロントに電話して注文すればいいんじゃ…… 「ナツ、早くしないとお兄様たち飲み終わっちまうぞ~?」 「行ってきますっ!」  文句を言うだけ時間の無駄なので、夏樹はさっさと部屋を出てバーまで走った。  毎日バーとプールを往復していたので、バーのスタッフとは顔見知りだ。  「え!?まだバイト中だろ!?それなのに普段着で飲みものを注文するって……きみ何やってんの!?」とスタッフから質問攻めにあったが「詳しいことは話せません。それよりVIPからの注文だから急いでください!」と急かしてなんとか切り抜けた。   ***    数分後、斎は飲みもの片手にもったいぶって話し始めた。 「お前たちと別れた後、すぐに保護者だっていう兄たちが来てな――……」 ――……夏樹たちを見送った後、斎が子どもを抱っこしてホテル内に戻ろうとすると、夏樹たちとは反対の方向から「すみません!通してください!」という声が聞こえ、若い男が2人、人垣をかき分けて飛び出して来た。 「雪くん!?雪くんなの!?」 「雪夜(ゆきや)か!?」 「?……にぃに!!」  斎よりも先に、腕の中の子どもが反応した。  男たちを見て、ホッとした顔をする。 「きみはなの?」  斎が尋ねると、子どもはうんうんと頷いた。 「あい!ゆちくん!」 「あれはユキくんのお兄さんなのかな?」 「ゆちくんのにぃによ!」 「そかそか」  子どもの様子から、彼らは本当に身内……少なくとも親しい間柄のようだ。  斎が子どもを下ろすと、2人が慌てて子どもに駆け寄ってきて抱きしめた。 「雪くん!!良かったぁ~!大丈夫?ケガしてない?って、びしょ濡れじゃない!どうしたの!?一体なにが……」 「ちんにぃに!たちゅにぃに!」 「っ!?雪くん……その喋り方……」  抱きしめられて嬉しそうに笑う子どもとは対照的に、兄らしき2人の表情がちょっと曇った。 「私はこの子の兄です。何があったんですか?」  長兄だという男が、斎に話しかけて来た。  必死に感情を抑えてはいるが、すぐにでも殴りかかってきそうな雰囲気だ。  ホテルスタッフでもない斎が弟の傍にいたので警戒しているらしい。    う~ん、やっぱりナツと交代して良かったな。  相手がこういう態度だと、ナツも触発されて好戦的な態度になるからなぁ……    内心苦笑いをしつつ、斎は表情を引き締めて説明をした。   「実は――……」  斎は犯人たちの素性をうまく濁しながら、子どもがプールに落とされたことや、自分の知り合いのホテルスタッフがすぐに助け出し処置を行ったことなどを話した。 「なんだと!?雪夜が溺れたっ!?」 「ええっ!?プールにだって!?なんて酷いことを……雪くん、気持ち悪くない!?痛い所はない!?怖かったよね……ごめんね、ひとりにしちゃって……!もう大丈夫だよ!にぃにがいるからね!!」  一緒に話を聞いていた次兄は、弟が溺れたと知るなり半狂乱になって今にも泣きだしそうになりながら弟の顔や身体に異常がないか調べては抱きしめるを繰り返した。 「ちんにぃに~、ゆちくんだいじょぶよ~!よちよち、ちんにぃに、ね~!」 「うん……うん……ごめんね……ダメなにぃにでごめんね~……わぁあああん!!」  次兄のあまりの狼狽ぶりに幼い弟がよしよしと頭を撫でて宥めようとするが、それがさらに次兄の涙を誘ってしまい……もう完全に負の無限ループ状態になっていた。  この騒ぎにまた周囲に人が集まり始めたので、斎はひとまずこの兄弟たちを連れて場所を移すことにした。  ホテル側に手短に事情を話すと、落ち着いて話せるようにと、スイートルームを用意してくれた…… ***

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