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SS6【水の中の天使 13(斎)】
「――ってなわけで、“天使ちゃん”は熱のせいもあってか帰る時にだいぶぐずってな。結局兄たちが抱っこして無理やり連れて帰ったよ」
斎は夏樹が戻ってくるまでにあった出来事を、かいつまんで超簡潔に伝えた。
「え、あの子は俺の帰りを待つって言ってたんですか?」
「そうだよ。「ゆちくん、にぃに、まちゅ!」って頑 なだったぞ」
普段はとても聞き分けのいい子らしくて、あんなにぐずるのは珍しいと兄たちが困惑していたくらいだ。
余程“ナツにぃに”に会いたかったのだろう。
「へぇ~……そうなんですか。ふぅ~ん……俺にね~……」
素っ気なく答えつつも、満更でもない様子で夏樹の口元が緩んでいた。
ちなみに、夏樹には子どもの名前や性別はあえて伏せてある。
なぜなら……
「良かったな、ナツ。あんなに可愛い子に好かれて!よ、色男っ!」
「いやいや、たしかに可愛かったですけど……俺ロリコンじゃないんで、幼女はちょっと……」
この通り、夏樹はなぜかあの子のことを女の子だと勘違いしているのだ。
救命処置までしたのに気づかないとは……こいつ案外鈍いな。
お兄さんちょっと心配になってきたわ……
「だ~いじょうぶだって!大人になれば多少の歳の差なんて気にならなくなるから!子どもの成長なんてあっという間だぞ~?ナツだってあんなに可愛かったのに……」
斎の話を静かに聞いていた晃 が夏樹を弄り始めた。
「晃さんたちに会った時には、俺もう結構デカかったと思いますけど……!?」
「今よりは可愛げがあったぞ?まだ俺の方が勝ってた。数センチ!」
「俺、現在進行形で育ち盛りですから、まだ伸びますよ」
「おのれ成長期め!たまには縮め!」
「ムリっす!!」
斎たちが初めて夏樹を見たのは、親戚連中にたらい回しにされている頃だ。
愛華たちに頼まれて、どんな扱いを受けているのか時々様子を見に行っていた。
だから夏樹がどんどん荒んで喧嘩三昧になっていった過程も知っている。
だが、夏樹はそのことを知らないので、白季組に引き取られてから会ったのが初対面だったと思っているのだ。
「あ~もう!俺のことはいいですから!っていうか……大人になれば歳の差なんて気にならないかもしれませんけど、今あの子に手出すのは完全にアウトでしょ!?あの子が大人になるまで俺は一体何年待てばいいんですか!?」
「あれ~?やっぱ気になってるんだ~?」
「待つ気満々じゃねぇか!」
「え?……あっ!いや、これはそういうのじゃなくて……って、ちょっと兄さんら聞いてます!?そういうのじゃないですからね!?――」
ま、冗談はおいといて。ナツも俺たちも、もうあの子と会うことはないだろうし、面白そ……いや、わざわざ訂正する程のことでもないので、ここは“ひと夏の思い出”として勘違いさせたままにしておこう。
決して、酒の肴にちょうどいい話のネタが出来たなんて思ってねぇよ?……たぶんな!
***
――それから数年の時を経て、このふたりが運命的な再会を果たすことになるとは、さすがの斎でも想像すらしていなかったのだった……
斎「もしかして、俺フラグ立てまくってた……?」
***
《おまけ》
そして更に数年後。
夏「――というわけで、あの時の雪夜はめちゃくちゃ可愛かったから、完全に女の子だと思ってました……!」
雪「えっと……でも俺その時って10歳くらいだったんですよね?」
夏「あ~……うん、そうだね……でも当時の俺たちには幼稚園~低学年くらいに見えてた……なんて口が裂けても言えないです!」
早口で言ってから両手で口元を押さえる夏樹。
雪「言ってるじゃないですかああああっ!どうせ俺は昔からチビですよぉおおお!」
雪夜が抱えていたクッションで夏樹を叩くフリをする……はずが勢い余って普通に叩いてしまう。
夏「ごめんごめん。でもチビっていうか、年齢より幼く見えてたって感じでね?とにかく本当にちっちゃくて可愛かったんだよ!」
夏樹は痛がる様子もなく余裕でクッションを受け止めた。
雪「ぅ~……そんなに?」
夏樹から返してもらったクッションを抱え直して、上目遣いで夏樹をチラ見する。
夏「うん、思わず幼女趣味 の道に走りそうになるくらい」
雪「?」
そっちの道ってどこの道だろう……?
わからないので、ちょっと首を傾げて誤魔化す雪夜。
夏「すみません、ごめんなさい。そんなに曇りなき眼 で見つめないで!今のはサラッとスパっと流して下さい!」
夏樹が真顔で言うので、雪夜も真顔で頷いた。
あ、これは深く追求しちゃダメなやつですね!?了解です!
雪「ところで……今はさすがに女の子には見えませんよね?俺大人だし……」
夏「ん?……うん、もちろん!」
雪「なんでちょっと考えたんですか!?」
夏「はははっ!気のせいだよ気のせい!」
雪「むぅ~~……」
っていうか……夏樹さん、大人の俺より子どもの俺の方が好きなのかな……?
夏樹があまりにも昔の雪夜が可愛いかったと連呼するので、子どもの頃の自分にヤキモチを妬いてふくれっ面になる雪夜。
夏「ゆ~きや!」
雪「夏樹さ……ん?なんでお姫様抱っこ?」
夏「勘違いしないでね?俺が好きなのは雪夜だから、年齢なんて関係ないよ。子どもの頃の雪夜も、大人の雪夜もどっちも可愛い。そもそも、雪夜は毎日可愛いを更新してるからね!だから俺にとっては今目の前にいる雪夜が一番なんだよ。それに……大人な雪夜くんとの方がいろいろ楽しめるしね!さ、大人な雪夜くん、そろそろベッド行こうか!」
雪「……ふぁっ!?ええ!?ちょ――……」
夏樹が意気揚々と雪夜をお姫様抱っこして寝室に消えていくいつもの光景をそっと見送る大きな影がひとつ……
夏樹と一緒に当時の状況を雪夜に説明するためだけに呼び出されたクマたん(裕也)だ。
クマたん「ハハハ、今日も仲良しクマね~(棒読み)どうでもいいけど、なっちゃんってば僕の存在完全に忘れてるクマね……呼び出しておいてひどいクマああああああっ――!!」
***
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