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SS7【お花の国の〇〇 2(夏樹)】
「ねぇねぇ、お~じしゃん」
ゆちくんは秘密にすると言ったそばから、凜のことを王子様と呼んでくる。
この子、ヒミツってどういうことなのかわかってるのかな……?まぁ、いいけど。
凜がちょっと苦笑していると、ゆちくんは小さな手で凜の頬に触れてきた。
「(これ)どちたの?」
「あっ!こ、これは……」
凜は少し焦った。
ゆちくんに気を取られていたので涙を拭うのを忘れていたのだ。
もう涙は止まっているけれど、頬が濡れているので泣いていたことがバレバレだった。
「たいたい でしゅか?」
「……え?……ううん……痛いっていうか……あのね、ぼくさっきね、こ~んな太い針のお注射で血ぬかれたの!す~~~んごく怖かった!ぼくはイヤだって言ったのに、ケンサするからって……あ、でも、お注射で泣いたんじゃないよ!?ぼくはもうお兄ちゃんだから、お注射くらいで泣かないし!まぁ、ゆちくんだったら泣いちゃうかもしれないけどね?ゆちくんはまだ小さいからね!でも、ぼくは泣かないの!これは……イヤだって言ったのに聞いてもらえなかったから、だから……」
凜は注射が苦手だ。
小学生になったからちょっと我慢できるようにはなったけど……
大きくなっても痛いものは痛いし、怖いものは怖い。
だから、予防接種などのために病院に行く日は毎回、ギリギリまで母親とあらゆる攻防戦を繰り広げている。
今日は少し前から咳が出ていたから「風邪かもしれないからみてもらいましょう。大丈夫、喉と鼻をみてもらうだけだからお注射はしないわよ」と母親に言われて連れて来られたのだ。
ところが、病院に来てみれば喉が腫れているからと点滴をされて、更に血を抜かれてしまった。
母親に騙されたことに怒った凜は、会計を待つ間ここでジュースをヤケ飲みしながら不貞腐れていたというわけだ……
でも、泣いていたのをこんな小さい子に見られたことにちょっと恥ずかしくなって、必死に言い訳をしながら頬を拭った。
「あ~、チックンいやんよね!うんうん、ゆちくんもね、チックンいやんなの!でも、にぃにがぷいぷいって、ばいば~いってしゅるの!もういたない ね~!って……」
「ん?」
凜の話を聞いたゆちくんは短い腕を器用に組んでうんうんと頷くと、大人のような口ぶりで共感してきた。
が、何を言っているのかいまいちわからない。
「あ!お~じしゃん、ゆちくんぷいぷいしゅるでしゅか!?」
ゆちくんが何かを思いついたように両手をパチンと叩いて凜に手を伸ばして来た。
「え、な、なにを……?」
一体何をされるのかわからず、凜はちょっと後ろにのけ反った。
「あ~い、だ~いじょぶでしゅよ~!しゅぐでしゅよ~!ぷいぷ~い!たいた~い、ばいば~い!ぴゅ~ん!――」
ゆちくんは逃げ腰な凜の腕をガシッと掴むと、何やら意味不明な呪文を繰り返し呟きながら小さい手で擦っては空に向かって何かを投げ始めた。
あ、もしかしてこれって……痛いの痛いの飛んでいけ~ってしてくれてるのかな?
ぼくも小さい頃はママがしてくれたけど……
でも、こんなの全然効かないし、何より……お注射したのはそっちの腕じゃないんだよね~……
たまたま前日にケガをして絆創膏を貼ってあったので、ゆちくんは勘違いしてしまったらしい。
「えっと……あのさ……」
どうせ効かないからもういいよ!と腕を振り払おうとして、ふと、ゆちくんの腕が目に入った。
ガウンから伸びた細くて白い腕には、痛々しい注射や点滴の跡がたくさん残っていた。
……え?
「ぁ……っ」
「――いたないよ~!だいじょぶでしゅよ~!ぷいぷ~い……」
「わ……わぁ~、ホントだ!スゴイね!もう痛くないよ!」
「ぷいぷ……ほんと?いたないの?」
「うん!ありがとう!もう全然痛くないよ!」
「よかった~!お~じしゃん、がんばったね~!しゅごいでしゅよね~!」
ゆちくんはベンチの上に立ってひとしきり凜の頭を撫で回し、ぺたんとベンチにお尻をつけて座り込むと、ほっとした顔でふにゃっと笑った。
「っ!?」
ゆちくんの超絶可愛い天使の微笑みに、凜は一気に顔が熱くなって胸がドキドキして……だけど何だか泣きたくなった。
入院してるってことは、この子はどこか病気なんだ……きっと、ぼくよりもいっぱい痛い思いして……いっぱい――……
「……うん、ゆちくん本当にありがとう……!」
凜は込み上げて来る感情が何なのかわからず、言葉に出来ないもどかしさに若干戸惑いつつも、気がつくとゆちくんをぎゅっと抱きしめていた。
一方、ゆちくんはというと……
「わぁ~!うふふ、お~じしゃんに、ぎゅぅ~!ちてもらったぁ~!うれちぃね~!」
と、凜の腕の中で無邪気に喜んでいた。
「だから、ぼくは王子様なんかじゃ……」
「ふぇ?」
「あ~もう!王子様でいいよ!」
「あ~い!」
「あ、そうだ。ぼくも何かお礼を……ジュースはもう全部飲んじゃったしお菓子も……今はこれしかないや」
凜はリュックから一口サイズのチョコ菓子が入った箱を取り出した。
あれ、でもチョコってあかちゃん食べられるのかな?
ママがあかちゃんにはあげちゃダメって言ってた気がする……
「ゆちくん、チョコ食べれる?」
「ちょこ?たべる!おいちいの!」
「食べたことあるんだ?じゃあ大丈夫だね。でも……ちょっとだけにしておこうか。食べる時はちゃんと看護師さんかママに聞いてから食べるんだよ?わかった?」
凜はゆちくんがひとりで食べないように念押しすると、ゆちくんの手にチョコ菓子を乗せた。
「あい!ありがと~!」
「どういたしまし……」
凜がゆちくんに笑い返していると、どこからか声がした……
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