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SS7【お花の国の〇〇 3(雪夜)】
「雪く~ん!どこにいるの~!?しんにぃにが来たよ~!返事して~!」
「雪夜~!たつにぃにだぞ~!」
遠くから雪夜を呼ぶ声がした。
「あ、にぃに!」
聞き慣れた声に、雪夜はピョコンと背筋を伸ばしてキョロキョロと周囲を見回した。
「あのこえ……ゆちくんのしってるひと?」
「あい!あのね、ゆちくんのにぃによ!ちん……えっと、しんにぃにとたちゅにぃに!」
声の主は、雪夜の大好きなにぃにたちだ。
にぃにと呼んではいるが慎也と達也は本当の兄ではない。
ふたりは、ある日突然雪夜の病室に「おともだちになろう」と会いに来てくれたのだ。
あの日なぜふたりが雪夜のところに来てくれたのかはわからないが、病棟の他の子たちともあまり交流がなかった雪夜にとっては、ふたりが初めてできた「おともだち」だ。
ハッ!そうだ、おうじさまにも「おともだちになってください」っておねがいしなきゃ!
そんでもって、にぃにたちにおうじさまをしょうかいしなきゃね!
「ねぇねぇ、お~じしゃん」
「なあに?」
「お~じしゃん、ゆちくんおもとらちよね!にぃに、こんちわ~ってしゅるね!」
「え?いや、あの、ぼくは……」
「にぃ~……あ……」
ベンチから下りようとした雪夜は、足が届かないことに気付くと、ちょっとモジモジしながら凜を見上げた。
「あの……お~じしゃん。ゆちくん、あっちいくの!あのね、えっと……だっこ……」
「あぁ、おりたいの?はいどうぞ」
「ありがとま~しゅ!……お~い!ここよぉ~!にぃに~!ゆちくん、ここでしゅよ~!」
雪夜は凜にベンチから下ろしてもらうとペコリと頭を下げ、声のする方にポテポテ歩き始めた。
***
「いま、こっちから声が……雪くん、いたぁ~!」
「雪夜!」
ふたりは雪夜を見つけると、すごい勢いで雪夜に駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
雪夜は嬉しくてニコニコしていたが、なぜか兄たちは半泣き状態だった。
「もぉおおおお!雪くん!心配したんだよぉおおお!!」
「いつものように部屋に行ったらもぬけの殻だったから、雪夜に何かあったんじゃないかってビックリして……にぃにたちも看護師さんたちも、みんなで必死に探していたんだぞ!?」
「ゆちくん、ここにいるでしゅよ?」
ゆちくんはここにいるのに、どうしてみんなでさがしていたんだろう……?
雪夜は頭を肩につきそうなくらい傾げた。
「雪くん!あのね、勝手にひとりでお部屋から出ちゃだめだよ!雪くんはまだ小さいんだから、看護師さんかママか僕たちと一緒じゃないと危ないでしょ!?メッ!だよ!?」
「……あい、ごめちゃい……」
そっか、ゆちくん、おそといくよっていってない……みんなに「ごめんなさい」しなきゃだ……
「そんなにお庭を散歩したかったのか?」
「もうちょっと待っててくれたら僕たちが一緒にお庭に連れてきてあげたのに……待ちきれないくらいお花が見たかったの?」
「おはな……?えっと……うん!おはな!あのね、ちょうちょしゃんまてまて~でね、お~じしゃんがね、え~んえ~んだったの。だからね、ゆちくんがね、ぷいぷ~い、ばいば~いって、よちよちでね、にこにこだったのよ!」
雪夜はちょうちょを追いかけている時に王子様と出会ったことを一生懸命説明した。
絵本も見せて、この王子様だったよと……
「これって雪くんのお気に入りの絵本だよね?えっと……この絵本の王子様に会ったの?」
「うんうん!」
「それで、そいつはどこにいるんだ?」
「あのね、あっち!お~じしゃ……あれ?」
雪夜が振り返ってベンチを指差すと、そこにはもう誰もいなかった。
「誰もいないよ?」
「雪夜、夢でも見てたのか?」
ゆめ?
「ううん!お~じしゃん、いたのよ!?ほんとよ!?」
うそじゃないもん!
さっきまでそこにいたのに……
雪夜はその場でぐるっと中庭を見回したが、どこにも凜の姿はなかった。
「……お~じしゃん……いなぃ……」
誰もいないベンチを茫然と見つめている雪夜の横で、兄たちは難しい顔をして考え込んでいた。
***
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