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SS7【お花の国の〇〇 5(雪夜)】
「そう、王子様に会ったのね」
「うんうん、お~じしゃんよ!」
夕食時、雪夜は母親の涼子 にも今日の出来事を話した。
涼子はすでに誰かから今日の話を聞いていたらしく、雪夜が王子様に会ったと言ってもあまり驚く様子はなかった。
***
あの後、達也たちと病室に戻った雪夜は、心配して探してくれていた看護師さんたちに「ごめちゃい!」と頭を下げた。
雪夜は普段わがままを言ったり勝手な行動をしたりしない、いわゆる手のかからない良い子なので、突然姿を消したことで「可愛すぎて誰かに連れ去られたのでは?」と大騒ぎになっていたらしい。
雪夜がみんなからこってり絞られたのを知っているのか、涼子は「もうみんなにいっぱい言われたと思うけど、危ないからひとりでお外に行くのはダメよ?行く時は達也お兄ちゃんたちと一緒に行ってね?ママとのお約束ね?」と言っただけで、後は雪夜の話を楽しそうに聞いてくれた。
「ねぇ、雪くん。王子様はそんなにかっこよかったの?」
「うんうん!かっこい~の!あのね、お~じしゃんね、やしゃち~のよ!」
「そうなんだ~!」
「お~じしゃんね、おちゅうしゃでえ~んえ~んでね?ゆちくん、ぷいぷ~いってばいば~いちたのよ!」
「そっかぁ、王子様お注射して泣いてたんだ?お注射は痛いし怖いもんね。ママもお注射怖いよ。それで雪くんが痛いの飛んでいけ~ってしてあげたんだね」
「うんうん、よちよちって!お~じしゃんね、ゆちくんありあと~ってね、あのね、にこにこでね、ゆちくんぎゅ~ってちたの!あのね、えっとね、ちょこもどうじょでね、やしゃち~のよ!」
「そかそか~。王子様によしよししてあげた雪くんも優しい子だね。雪くんが優しくしてあげたから王子様も嬉しかったんだね!いいなぁ~!ママも王子様に会ってみたかったな~!」
涼子は「雪くんはママに似てイケメン好きだからな~……きっと王子様もかなりレベル高いはず!」と、得意気に笑った。
「うんうん、いたてんよ!あっ!あのね、お~じしゃん、ゆちくんおもとらちよ!ママもお~じしゃん、こんちわ~しゅる?」
雪夜は涼子に王子様とおともだちになったと話した。
実際は、凜は雪夜が何を言っているのかほとんど聞き取れていなかったし、すぐに達也たちが来たので話が途中で終わってしまって「おともだち」の返事はもらえていないのだが……
実は雪夜は同じ年頃の子どもとの接点があまりないので、おともだちというものがよくわかっていない。
達也たちにみせてもらった子ども向け教育番組の動画の中で動物のキャラクターが「一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だ」と言っていたので、そういうものなのだと思っている。
そのため、雪夜が“おともだちになりたい”と思った時点で相手の意思は関係なく雪夜の中では勝手に王子様は“ゆちくんのおともだち”に認定されていたのだ。
お~じしゃんは、ゆちくんぎゅ~してくれたし、ちょこもくれたし……だからもうおともだちよね~!
「あら、雪くんはもう王子様とおともだちになったの?じゃあ、ママも王子様に挨拶したいな~」
「いいよ~!ママもおもとらちよね~!……あっ!」
「どうしたの?」
「あのね……お~じしゃん、いないの……どこいったかなぁ……?」
「王子様、もういないの?」
「うん……ゆちくんね、ばいばいないのよ?にぃに~ってちて、お~じしゃ~んってちて、お~じしゃん、いないのよ……」
探しに来てくれた兄たちと少し話をして振り向くともうそこには王子様はいなかった。
雪夜は、身振り手振りで一生懸命そのことを涼子に話した。
「そっかぁ、雪くんがバイバイしてないのに王子様いなくなっちゃったのか~」
「お~じしゃん、どこいったの?」
「う~ん……王子様のお家に帰ったんじゃないかな」
「お~じしゃん、おうちどこ?」
「どこだろうね~。ママは会ってないからわからないな~」
「……お~じしゃん、いたのよ?ゆちくん、うしょないよ?」
「うんうん、大丈夫。ママは雪くんのお話が嘘だなんて思ってないよ。あ~……そうだ!王子様はお姫様を助けにいったのかも!?」
しょんぼりする雪夜を元気づけようと、涼子がメルヘンチックな仮説を立てた。
雪夜の話が本当だとすると、きっとその王子様は子どもだろうから親が迎えに来て家に帰っただけのこと……だが涼子はそれをそのまま伝えるよりも、相手を王子様だと思い込んでいる雪夜に話を合わせることにしたのだった。
「おひぃしゃん?」
「そう、お姫様!だってね?王子様と言えば、お姫様でしょ!?」
「しょか……お~じしゃん、おひぃしゃんだいじょびよ~って、よちよちよね!」
そうだ。えほんのおうじさまも、おひめさまをたすけにいってあげてた!
雪夜は「お姫様のためなら仕方ないね」とすんなり納得し、うんうんと頷いた。
「おひぃしゃん、だいじょびかなぁ~……お~じしゃん、よちよちでちたかなぁ~……」
その後、雪夜は颯爽と現れて悪者からお姫様を助ける王子様を想像して、うふふと嬉しそうに笑いつつ眠りについた。
涼子はそんな雪夜の様子に微笑みながら、「本当に無事で良かった……」と心の中でそっと安堵の息を吐いたのだった。
***
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