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SS8【ハローベイビー♪1(雪夜)】
ある日の朝――
「ん~……ふぁぁ~!」
雪夜にしては珍しく、うなされるでもなくふと目が覚めて、寝転んだまま大きく伸びをした。
もう朝かな?ん~~~起きるぅ~?でもまだ眠いぃ~……もうちょっとだけ……
まだ寝足りなかった雪夜は、目を閉じたまま夏樹に向かって手を伸ばした。
あれ?夏樹さんいない……?
もう起きちゃったのかな……?でもまだ目覚ましは鳴ってないと思うんだけど……
夢現 に夏樹の温もりを求めてしぶとく自分の隣をパタパタと手で探る。
あ!み~つけ……た?
「だぁ!」
……んん?
聞き慣れない声とぷにぷにの感触に雪夜は慌ててパチッと目を開けた。
「……」
雪夜の目の前には、なぜかそこにいるはずのない『赤ちゃん』がお座りしていた。
「ふぇっ!?……だ、誰っ!?」
雪夜はびっくりして飛び起きると、ベッドの端まで後退 った。
シパシパと瞬きを繰り返してみるが、一向に消える様子はない。
……どうやら夢や幻ではないらしい。
どこからどうみても……赤ちゃん……だよね?
「だぁ~!」
「わわっ!?」
赤ちゃんが動いたり声を出したりする度に大袈裟に驚く雪夜の様子が面白かったのか、赤ちゃんは口元に手を当ててキャッキャッと笑った。
ぅわぁ~、可愛い~!……って、そうじゃなくてっ!!
「あああの……えっと……こ、こんにちわぁ~……?あ、おはよう……かな?」
「あぶぅ~?」
雪夜がペコリと頭を下げると、赤ちゃんも真似をしてペコリと頭を下げた。
「あ、これはご丁寧にどうも……です。えっと……えっと……な、夏樹さん、が、ど、どこに行ったか知ってる?……ですか?」
人見知りのうえ、赤ちゃんに対してどう話しかければいいのかわからず、口調が迷子になっていた。
「ぅ?」
赤ちゃんが首をこてんと傾けて、じっと見つめて来る。
「し、知らないよね。うん、そうだよね……あはは……え~っと……ちょ、ちょっと待ってね?あ、危ないからそこから動かないで!……ください!です!」
雪夜は赤ちゃんに引きつった笑顔で笑いかけながら、寝起きの頭で一生懸命考えた。
待って待って!?この子は誰!?なんでここにいるの!?
ハッ!もしかして夏樹さんの隠し子!?ひどい!俺と言うものがありながらぁああああ!?
いやいや、落ち着け!夏樹さんは俺とずっと一緒にいるのに隠し子なんているはずない!
でもでも、じゃあ、この子はいったい誰の子!?
そういえば……夏樹さんたまにひとりで出かけてるから、もしかするかも――……
考えれば考えるほど混乱してしまう。
頭が痛くなってきて、唸りながらガシガシと頭を搔き乱して枕に顔を埋めた。
……このまま寝ちゃえば……次に目が覚めたら全部夢でしたってならないかな……?
「だぁ?あ~ぶぅ~!った!」
雪夜が頭を抱えたまま顔を伏せてじっと寝そべっていると、赤ちゃんがよくわからない言葉を発しながら小さい手で雪夜の頭や腕をぺちぺちと触ってきた。
痛くはないが結構しつこい……このまま眠らせてはくれないようだ。
あ~もう!どうなってるのぉ~!?わけわかんにゃいぃいいい……!
「ぅ゛~~~……ふぇぇ~~ん!なちゅきしゃぁあああああああああん!!」
いろいろとキャパオーバーになった雪夜は、泣きながら赤ちゃんを抱き上げると寝室から飛び出した。
***
「お?雪ちゃんおはよ~!今朝は早いな」
「そんなに慌ててどうしたの~?何か怖い夢でも見ちゃった?」
リビングでは、斎と裕也がコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
寝起きの雪夜の言動が不安定なのは今に始まったことではないので、泣き叫びながら飛び出してきた雪夜を見てもふたりは落ち着いていた。
その様子に、雪夜も少し安心する。
「あ、あの……なちゅ……なちゅきしゃんは?」
テンパっているせいで舌がうまく回らない。
「ナツなら雪ちゃんの隣にいただろう?今朝はまだ起きて来てねぇぞ?」
「……へ?」
まだ起きて来てない?
でも、雪夜の隣には……
「あれ~?雪ちゃん、その子誰?」
雪夜が茫然と立ち尽くしていると、裕也がようやく雪夜に抱っこされている赤ちゃんに気付いた。
「あ……あのね、なちゅきしゃん、いない。あのね、えっと……ゆきやおきたらね、このこがいたの……」
「へぇ~」
「そかそかぁ~」
「……」
「「なんだってぇええ~~っ!?」」
舌ったらずな雪夜の話をニコニコしながら聞いていたふたりは、ハハハと笑ったあと一瞬固まって顔を見合わせると、同時に叫んで立ち上がった。
***
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