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SS8【ハローベイビー♪2(雪夜)】

 斎と裕也が焦った様子を見せたのは、ほんの一瞬だった。  寝室に夏樹がいないことを確認して戻って来た時には、もういつもの余裕のある顔に戻っていた。 「いや~、本当になっちゃんいないね~」 「見事にだけだったな」 「で、ですよね!?いないですよね!?」 「うん、そうだねぇ~。アハハハ」 「いやいや、笑い事じゃないですよ!だって夏樹さんがいなくなったんですよ!?夏樹さんが……っ」  あれ……?そうだ……夏樹さん、寝室にもリビングにもいないってことだよね?  ……本当にどこに行ったの!? 「雪ちゃん?」 「な、なちゅきしゃ、いにゃぃ……ふぇ……っく」 「雪ちゃ~ん、こっちにおいで」  雪夜の扱いに慣れているふたりは、混乱してまた泣き出した雪夜を自分たちの間に座らせると、ぎゅぅ~っと両側から抱きしめて「よしよし、大丈夫だよ~」と慰めてくれた。  そうやって落ち着かせつつ、斎が巧みに雪夜から詳しい状況を聞きだす。 「――そうか~、雪ちゃんが起きたらナツの代わりにこの子がね~……」  斎は、雪夜が抱っこしている赤ちゃんの顔を覗き込んだ。   「どれどれ、ちょっとお顔見せて~?」 「んぶぅ~!!」 「ありゃ?」  斎がじっくりと顔を見ようとすると、赤ちゃんはプイッと顔を背けて、隠れるように雪夜の胸元に顔を擦りつけた。   「ふぁ!?あ、あれれ?どうしたんだろう?」  雪夜が斎たちに顔が見えるように抱っこし直そうと試みたが、赤ちゃんは小さい手で必死に雪夜の服を握りしめており、全力で拒否られてしまった。 「ハハハ、雪ちゃん、もうそのままでいいよ。いや~それにしても……やっぱり雪ちゃんがお気に入りみたいだな」 「まぁ、そうだろうねぇ~」  斎と裕也はそんな赤ちゃんの様子に気を悪くするわけでもなく、うんうんと頷くと、顔を見合わせて爆笑した。 *** 「あの……この子について何か知りませんか?……夏樹さんとの関係……とか……」  ふたりのおかげで落ち着いてきた雪夜は、徐々に呂律もよく回るようになってきた。  だが、いくら落ち着いて考えても夏樹さんがいないことや、この赤ちゃんがどこの誰でなぜ寝室にいたのか……全然わからない。  斎たちは何か知っていそうだが、斎たちが連れて来たわけでもなさそうだ。   「ん~と、関係っていうか……ちょっと待ってね~、口で説明するよりも……あ、来た来た。うん、やっぱりね」 「だな」  ふたりは裕也の携帯の画面を見ながら納得したように頷いた。  やっぱりって何が!? 「雪ちゃん、ちょっとこの写真見てごらん?」  裕也は、不安そうにハテナマークを飛ばしまくっている雪夜に、自分が見ていた画面を向けた。 「え?」  画面には、ニッコリ笑っている赤ちゃんが映し出されていた。 「……あれ?」  う~ん……赤ちゃんってみんな同じような顔に見えるから、よくわからないけど……なんかこの赤ちゃんと……似てる……ような?  雪夜は画面に映っている赤ちゃんと、抱っこしている赤ちゃんを交互に見比べた。  うん、似てる……  だが、携帯の写真の方は着ている服や画質の粗さから、最近撮った写真ではなさそうなのが気になる。 「裕也さん……この写真の赤ちゃんって……?」 「ん?なっちゃんだよ。愛ちゃんに写真を送ってもらったんだ~」 「……え!?な、夏樹さん!?……の赤ちゃんの頃の写真ってことですか?」 「そうだよ~!可愛いでしょ~!」  裕也がにんまりと笑いながら、雪夜の顔の前で携帯を振った。 「ぅわぁ~!!めちゃくちゃ可愛い~~!!」  赤ちゃんはみんな可愛いけど、夏樹さんの赤ちゃんの頃の写真だと思うとより可愛く見えてくる。  実際、瞳は大きくてクリクリだし、ほっぺもぷくぷくだし、髪の色素が薄いから金髪みたいだし、赤ちゃんなのにやけに顔が整ってるし……やだぁ~!夏樹さんってば、この頃からもう完璧(イケメン)じゃないですかぁあああああ!!  雪夜は思わず裕也から携帯を奪い取ると、ベイビーな夏樹の姿を穴のあくほど見つめながら声にならない声でひたすら悶えていた。  ヤバい!可愛すぎる!!ニヤニヤが止まりません!! 「雪ちゃん、そんなに気に入ったならこの写真、雪ちゃんのタブレットの方に送ってあげようか?」 「お願いしますっっ!!……って、あれ?じゃあ、この子は……?」  食い気味に裕也にお願いをした雪夜は、ハッと我に返って自分の胸に抱きついている赤ちゃんを見下ろした。 「あだぁ~?」  写真の赤ちゃんとそっくりなクリクリの大きな瞳が見つめ返してくる。  それに室内だから目立たなかっただけで、よく見ると薄茶色の髪の毛は光の当たり具合で金髪っぽくも見える。  待って待って……!?夏樹さんの赤ちゃんの頃とそっくりってことは…… 「うん、そう!この子は……」 「……やっぱり夏樹さんの子どもですか……」  雪夜は愕然と呟いた。  頭の中が真っ白になって何も考えられない。 「違う違う!ちがうよ~~!」  ちょっと慌てた様子の裕也が雪夜の肩をガシッと掴み、ガクガクと揺さぶってきた。 「雪ちゃん、ちゃんと聞いて!?信じられないとは思うけど、その子がなっちゃんだよ!」 「…………へ?」  ……ドユコト? 「なっちゃんが赤ちゃんになっちゃったってことだよ!」  ア~、ナルホド…… 「……って、ぅえええええええええっっっ!?」  予想外の裕也の言葉に、雪夜は赤ちゃんを抱っこしたままその場で一瞬ピョコンと飛び上がり、そのままドサッとソファーの背もたれに沈み込んだ。 ***

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