702 / 715
SS8【ハローベイビー♪5(雪夜)】
「雪ちゃん、どうした?」
雪夜がひとりで大騒ぎしていると、斎が入って来た。
「ふぇ?あ、斎さん!ほら、見てください!夏樹さんがこんなにもぺちゃんこになって……」
「ぺちゃんこ?」
斎が軽く首を傾げる。
改めて見ると、むちむちボディな夏樹は、「こんなにも」……というほどぺちゃんこには見えない。
「あ、あの、むちむちだからあんまり平たくはないんですけど、でも、えっと……」
雪夜は幼児退行していた期間が長かった弊害か、言葉がうまく出てこないことが多い。
まあ、俺の語彙がダメダメなのは前からなんだけどね!?
夏樹なら雪夜の伝えたいことをすぐに理解してくれるのだが、他の人だとなかなか伝わらないこともあってもどかしい……
「ハハハ、うんうん、ぺちゃ~ってなってんな。赤ちゃんって身体が柔らかいせいか、大人じゃ出来ないような変な恰好も平気でしちゃうからびっくりするよな~」
斎が笑いながらベッドに腰かけた。
そう!柔らかい!それが言いたかったんですよ!さすがは斎さん!
って、あれ?
「え、じゃあ、これは赤ちゃんには普通のことなんですか!?夏樹さんがスゴイわけではなくて!?」
「ん?まぁ、赤ちゃんはわりと出来……あ~……いや、ナツがスゴイんだよ!うん、こんな格好なかなか出来ないよな~!」
何かを察した斎が慌てて「ナツはスゴイ!」と雪夜に話しを合わせてくれた。
「それにしても……ほんとムチムチだな」
斎は感心したように呟くと、ぺちゃんこになっている夏樹の背中をコショコショと指でくすぐった。
「んきゃっ!」
夏樹がくすぐったそうにちょっと身体を揺すって笑う。
その様子に雪夜たちにも、「ふふっ」と自然に笑みがこぼれた。
ほわぁ~……可愛い!……夏樹さんが笑ってるのを見るだけでどうしてこんなに幸せな気分になるんだろ~?あ、夏樹さんだからか!赤ちゃんでも大人でも、やっぱり夏樹さんは夏樹さんだな~……!
雪夜は、この赤ちゃんがこんなに可愛いのは、この赤ちゃんが雪夜の大好きな夏樹で、雪夜にとって特別な存在だからなのだろうと勝手に納得した。
***
「ところで……ちびナツいいもん着てるじゃねぇか」
斎が夏樹の両脇に手を入れてひょいと持ち上げた。
「あ~……やっぱり大きいですよね。俺の服の中からなるべく小さいのを選んだつもりなんですけど……」
小さいと言ってもメンズのSサイズだ。
背後から持ち上げられて宙ぶらりんになった夏樹の足は、雪夜のTシャツの中に完全に隠れてしまっている。
雪夜は斎に向かって軽く肩を竦めた。
「それは仕方ねぇな。……でも別に……」
「あ、そうだ!そういえば、今日は買い物に行くって言ってたから夏樹さんに赤ちゃん用の服買って来てもらいましょうか!」
「……ん?ナツに?」
「え?」
斎が驚いたように聞き返してきたので、雪夜は首を傾げた。
「え~と……」
俺なにか変なこと言っ……たああああああああああっ!!
斎が苦笑しながら雪夜の眼前に夏樹の顔を近づけてきたところで、ようやく気付いた。
「ああ!夏樹さん!車運転出来ないですよね!?っていうか、買い物も出来ない!じゃなくて、そもそも赤ちゃんだし!!こちらご本人様ぁあああ!!あ~~ん、もう!俺何言ってんの!?」
ダメだ完全に混乱してる……!
理解したつもりでも、大人が赤ん坊になるというあり得ない状況に脳処理がついていかない。
「う~ん、いくらナツでも……さすがにこの姿で運転は……」
「で、ですよね!?チャイルドシートに座って運転は出来ないですしね!?ハンドルに手が届かないし!っていうか、そういう問題じゃないし!あ~もう!あの、ちょっと間違えただけだから、今のは気にしないでくださ……」
「いや……でもワンチャンできるかもよ!?」
「ええ!?」
「ちびナツ~、おまえ試しに運転してみるか?」
斎が満面の笑みで夏樹の顔を覗き込んだ。
「あぶぅ?」
「な~んてな。まぁ、無理だよな~。手が届いたとして、アクセルに足が届かねぇしな!」
「んにゃ!?だぁ~う!」
斎の声の調子から揶揄 われているとわかったのか、夏樹は「バカにすんな!」と言うように宙ぶらりんになった手足をブンブンと振り回した。
が、せっかくの全力攻撃も斎には全然届かない。
「ハハハ、そんな攻撃当たんねぇぞ」
「ぶぅ~!」
もちもちのほっぺを膨らませて、ぷるんぷるんの口唇を尖らせて、短い手足を全力で振り回して怒っている夏樹さん……超絶可愛い!!
雪夜は激おこな夏樹に悪いと思いつつも、ベッドに突っ伏して悶えまくった。
「ねぇちょっとふたりとも~、楽しそうなのはいいけどさぁ、こっちでやってくれない?僕も仲間に入りたい~!」
リビングから裕也の声がした。
雪夜たちのメチャクチャな会話はリビングにも筒抜けで、裕也は会話に加わりたくてウズウズしていたようだ。
「ハハハ、まぁ、冗談は置いといて、夕方にはうちの菜穂子 がオムツや着替えを持って来てくれるから、それまではこれでいいんじゃないか?」
実は斎はお寺に連絡した後、菜穂子にも連絡してくれていたらしい。
夕方までならあと数時間程度だし、大丈夫かな。
っていうか……
「そっか、オムツ!夏樹さん、おトイレ出来ないんだ!」
雪夜は愕然としながら叫んだ――
***
ともだちにシェアしよう!