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SS8【ハローベイビー♪9(雪夜)】
「うわ~……それはたしかにトラウマものだな。怖がらせてごめんな、りんくん。もう高い高いはしないから、仲直りしよう?」
高い高い禁止の理由を聞いた相川が納得して素直に謝り、仲直りの握手をしようと夏樹に手を伸ばした。
だが……
「いやっ!りんくん、いじわるっこ、ちらいよもん !」
夏樹は相川の手をペチンと叩いて、プイッと顔を背けた。
「あ~あ、いじわるする子は嫌いだってよ!」
「ええ~!?俺いじわるなヤツになってんの!?だって、高い高い禁止とか知らなかったんだよぅ……」
「ご、ごめんね相川。俺が先に言っておけば……」
「いやいや、雪ちゃんのせいじゃないから!」
「そうだぞ雪夜。調子に乗ったあいつが悪いだけだから気にすんな!」
「そうそう。って、そういう翠 だって知らなかっただろ!?あ~もう!それより、どうすれば仲良くなれるかなぁ~……あ、そうだ!りんくん、りんくん!お菓子食わねぇ?ほ~ら、お土産いっぱい持って来たよ~!美味しいぞ~?」
相川がリビングの入口に置きっぱなしにしていたでっかい荷物から、子どもが好きそうなおまけ付き菓子やスナック菓子、駄菓子などの大量のお菓子を取り出した。
「……おかし?」
相川をチラチラ警戒しつつも、目の前に並んだ多種多様なお菓子につられて夏樹の手がそろりそろりと伸びて来る。
相川は、「どれがいい~?りんくんが好きなやつあげるよ~!」と言ったあとは、にんまりしながら静かにその様子を眺めていた。
はい、完全に怪しい人です。りんくん逃げてぇえええ!
雪夜の心の声など届くはずもなく、お菓子の上を彷徨っていた夏樹の手が、恐竜の絵が描いてあるおまけ付きのお菓子を掴んだ。
その瞬間、相川が嬉しそうにパンっと自分の膝を叩いた。
「お、それを選んだか!お客さんお目が高いね~、それは中に恐竜カードが入ってるんだよ!俺もそれ好きでよく集めてたんだ。ウエハースチョコもうまいしな!よ~し、それじゃあ一緒に開けてみようか!」
「や、やだもん!りんくん、おかし、ゆちたんとくうのよもん!ちょ~る~ あげないのよもん!」
夏樹は相川の声に驚いて落としてしまったお菓子にもう一度手を伸ばした。
「これ、りんくんの!これ、ゆちたんの!いっしょ、くうのよ!」
と言いながら恐竜のお菓子を2個掴むと、相川に取られまいと自分の服をめくりお菓子を2個とも素早くお腹に隠し、またプイッと横を向いた。
「雪ちゃんと?え~、俺も一緒に食べたいな~」
「ダメよもん!」
「ええ~……あ!じゃあ、こっちは!?今ならこれもつけるよ!?――」
不自然に膨らむ夏樹の腹部にみんなが笑いをかみ殺す中、相川は必死に夏樹に食い下がっていた。
***
「ところで雪夜、夏樹さん……じゃなくて、りんくんのオムツ交換は無事に出来たのか?」
ソファーに座った佐々木が、おいでおいでと雪夜を呼んだ。
「えっ!?あ~……えっと、それが……結局出来なかったんだよね」
ソファーからも相川たちの様子はよく見える。
雪夜はちょっと気まずそうに笑うと佐々木の隣に座った。
「あの時だけじゃなくて?」
「うん……」
夏樹が赤ちゃんになった時、パニクった雪夜は無意識に佐々木に電話をかけていた。
だが、佐々木は仕事中だったためすぐには出られず、昼休憩中にかけ直してきてくれた。
それがちょうど斎が簡易オムツを交換している時で、雪夜はオムツ交換のやり方を教えてもらっているところだったのだが……
実は雪夜はその初めてのオムツ交換で盛大にやらかした。
赤ちゃんの裸を見るのが初めてだった雪夜は、オムツ交換でちびナツの股間をマジマジと見て……
「あれ?斎さん、赤ちゃんってまだ“おてぃんてぃん”はないんですか?」
と小首を傾げた。
「え……?何言ってんだ、雪ちゃん。ちゃんとここに立派なのがついてるだろ?」
「……ふぇ?」
普通に考えればついていないわけがない。
さすがの斎も困惑顔でちびナツの股間を指差した。
「え……ええっ!?うそっ!?こ、このちっちゃ……いや、可愛らし……じゃなくてあの、ひ、控えめなやつですか!?」
「ブハッ!」
雪夜が真顔で放った言葉が、斎のツボにハマったらしい。
雪夜は大真面目だったのだが……斎はしばらく笑い転げていた。
「アハハハッ!そうか、雪ちゃん見たことねぇよな!うん、そうだよ。これがそう。まぁ……赤ちゃんだからな?最初はみんなこんなもんだよ!雪ちゃんの知ってる大人サイズのがここについてたら、それこそホラーだろ?」
「そそそそうですけど……ひゃ~~……え、じゃあコレが……アレに!?……ひぇえええ!?」
つい頭の中で大人サイズの“ナツキさん”と比べて、こんなミニマムサイズがいずれあのサイズになるのかと想像してしまう……って、何考えてるの俺!
真っ赤になった顔を両手で覆って大騒ぎしている雪夜を見て、また斎が大爆笑した。
そんなふたりの様子に何かを感じ取ったらしく、ちびナツはムッとした顔で太腿をピッタリとくっつけて股間を閉じてしまい、雪夜がオムツ交換するのは全力で拒否られてしまった。
佐々木はその時のことを言っているのだ。
「あの後もね、なお姉と愛ちゃんママが来てくれてたから……」
夏樹が自分でトイレが出来るようになるまでの数日間は菜穂子 と愛華 がいてくれたので、オムツ交換は菜穂子たちがパパっと済ませてしまい、雪夜が手を出す隙がなかったのだ。
「あ~、それは仕方ねぇな」
「でしょ?あとね、お風呂は斎さんと3人で入ってた。あ、でも、ご飯を食べさせるのとか、寝かしつけるのとかは俺がしたんだよ!?」
「ちゃんと出来たか?」
「うん!……た、たぶん……?」
お昼寝は出来ていたが、夜は……ちびナツをトントンしていたはずなのに気がつくと雪夜がトントンされていて、結局雪夜が先に寝てしまっていることの方が多かったが……それはヒミツ!
***
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