数日後、雪夜たちは朝焼けの中、白季(しらとき)家の菩提寺へと向かった。 「おはようございます！あの、今日はよろしくお願いします！」 　境内の掃除をしていた住職と祓い屋に挨拶をする斎に続いて、夏樹を抱っこした雪夜も深々と頭を下げる。 「おう！おはようさん！どれどれ？……お！前に会った時よりも大きくなったじゃねぇか！」 　マジマジと夏樹を見た住職と祓い屋が、親戚の子どもに会ったかのようなノリで軽く笑った。 　実は今回の件で斎が連絡をした後すぐ、ふたりはどのお土産が原因なのかを調べるために一度別荘に来てくれたので、赤ちゃんの夏樹にも会っているのだ。 　 「ここまで成長するのは早かったんですけど、これ以上は成長しないんですよね。この年齢になにか意味があるんでしょうか……」 　斎が説明しながらクリップファイルを取り出し、赤ちゃんになってからの夏樹の成長記録をまとめた用紙を祓い屋に渡した。 　 「ほほ～……これは……」 「化け猫だよ化け猫！絶対化けね……」 「黙れ元凶！」 「ぁ痛っ！！」 　住職たちが成長記録に見入って静かになった瞬間、待ってましたとばかりに割り込む浩二。その浩二の頭を、斎が手に持っていたクリップファイルですかさず叩き、“スパーン”という小気味好い音がお寺の境内に響き渡った。 「浩二！おまえいい加減にしろよ！変な土産を買ってくんなって何回言えば……って、ん？なんだよ、その顔……」 　用紙から顔をあげて文句を言いかけた祓い屋が、浩二の顔を見て眉をひそめた。 　浩二の顔は、引っかき傷だらけになっていたのだ。 「だからさぁ、化け猫なんだってばよっ！月雲(つくも)のおっさん、ちゃんと視てみろって！絶対化け猫が憑いてるから！」 「誰がおっさんだ！」 　祓い屋の月雲は素早く斎からクリップファイルを奪って浩二の頭を叩くと、また斎にクリップファイルを渡した。 「痛ぇっ！」 「ったく、化け猫だ～？……どこに猫耳や尻尾があるんだ？」 「それは……でも昨日――……」 ＊＊＊ 　浩二が別荘にやって来たのは昨日の昼過ぎ。 　雪夜たちは夏樹と一緒にお昼寝をしようとベッドに横になっていた時だった。 「たっだいまぁ～！浩二お兄様が来たぞ～！お～い、ちびナツはどこだ～？雪ちゃ～ん？寝室(ここ)か～？」 　バンっと大きな音をたてて寝室の扉が開き、浩二が入って来た。 「うるせぇっ！今何時だと思ってんだっ！？」 　夏樹を挟んで反対側に寝転んでいた斎が素早く起き上がり、浩二に枕を投げつける。 　その枕をヒョイと避けて、浩二がベッドサイドに腰かけた。 「何時って、昼だろ？あぁ、もしかして昼寝してたのか？そいつぁ悪かっ……」 「ぅにゅ～～……？だぁれ～？」 「おお！？おまえナツかぁ～！マジで子どもじゃねぇか！ちっちぇ～！」 「ゥギャッ！？――」 　浩二は、目を擦りながら起き上がった夏樹を見るなり笑いながら抱き上げ、いきなり天井に放り投げた。 　 「ぇ……？」 　雪夜が寝ぼけてキョロキョロしている間に、夏樹は何度も天井ギリギリまでポイポイ放り投げられ、斎が浩二を蹴り倒して夏樹をキャッチしてくれた時にはもう目を回してフラフラだった。 「わああっ！！りんくーーーんっっ！！」 「ふぇぇ～～……？？？？ゆちたぁ～～……」 　夏樹はフラフラしながら雪夜のところに来ようとして途中で力尽き、大の字でベッドにぶっ倒れた。 「たたた大変！えっと、どうしよう！？どうすれば！？氷！？お湯！？お水！？」 「雪ちゃん、落ち着いて。そのまま寝かせておけば大丈夫だよ」 　テンパって意味不明な動きを繰り返している雪夜の頭を、斎が軽く撫でる。 「え、何もしなくて大丈夫なんですか？」 「うん、目が回ってるだけだからね」 「はぁ～……良かったぁ～……」 　安心した瞬間一気に全身から力が抜けて、雪夜は夏樹の横にへたり込んだ。 「なんだよナツ。これくらいでヘバってんのか？」 「見りゃわかるだろうが！今のあいつはただの子どもだっつってんだろっ！それより……おいバカ浩二、俺はおまえに“高い高い”は禁止だって言ってあったよな？」 「うん。だからちゃんと座ってやったぞ？これは“低い低い”だろ？」 　たしかに、浩二はずっとベッドに腰かけた状態だったが…… 　 「おまえ……そういう問題じゃねぇだろ……」 　顔を顰めながらこめかみを押さえた斎が、呆れたように長いため息を吐いた。 「んん？……あ、それより、雪ちゃん！」 　浩二は何がダメなのかわからないという顔で首を傾げていたが、パンっと一回手を叩くと、今度は雪夜を呼んだ。 「ほぇ？……ぅぶっ！？」 「ごめんな～！ナツがあんなになってびっくりしただろ。いやぁ、あんなのは稀なんだぞ？大抵はちょ～～っと変な呪いにかかるとかだからな？でも、雪ちゃんに何かあっちゃいけねぇから、雪ちゃんたちに渡すお土産は、特に気を付けて変なのは買わないようにしてたんだけどな～……まさかあのお土産の中に当たりがあるとは――……」 　浩二は雪夜をぎゅぅ～っと抱きしめると、ものすごい早口で話し始めた。 　だが、雪夜には浩二の言葉は半分も入って来なかった。 　早口過ぎて聞き取れなかったのもあるが、それよりも…… 「あ、あの、はい、えっと……こ、浩二さん、ちょっと苦し……」 　浩二なりに力加減はしてくれているはずだが、それでも雪夜には浩二のハグが強すぎて……全力でもがいてもビクともしないハグに雪夜も目を回しかけていたのだ。 　あ……もうダメだ……息が…… 　と、その時…… 「痛(いて)ぇ～！？なんだ！？犬かっ！？」 「……ぇ？」 　急に浩二が叫んで雪夜から離れた。 　何が何だかわからないが、とりあえず咳き込みつつも深呼吸をして酸素を取り込む。 　そんな雪夜の耳に、また浩二の悲鳴が聞こえて来た。 　 「おまえかチビ！やめ……」 「くぉにょぉおおおお！！ゆちたんになにしゅるらぁあああああああ！！」 「痛ててててっ！やめろこらっ！痛いっつーの！！」　 　……へ？ 　雪夜が横を見ると、夏樹が浩二の顔に貼り付いていた。 　り、りんくん……？ 　夏樹は、落ちないようにしっかりと浩二の首に足を巻き付けて……そして、唸っていた…… 　 「ヴゥゥ～～～ッッ！！ッフシャァーーーーッッッ！！――」 「痛いっ！唸るなっ！引っ掻くなっ！痛ててっ、こらっ噛みつくなっ！！おまえは何なんだよっ！おいイッキ！！笑ってねぇで助けろ～～～っ！」 　夏樹は浩二の顔をバリバリと両手で引っ掻き、頬や首に噛みつき、髪の毛を引っ張り、頭をポカポカと叩いて……を繰り返し、大暴れしていた。 　 「あはははっ！！あ～面白ぇ～！」 　斎が浩二を指差しながら笑い転げる。 「イッキ！頼むから早くこいつ何とかしてくれよっ！」 「はいはい、仕方ねぇなぁ。ほら、りんくん。もうそれくらいにしておけ。じゃねぇと、バカ浩二に本気で吹っ飛ばされるぞ～」 　斎に引き剥がされた夏樹は、それでもまだ斎の腕の中で興奮して暴れていた。 　 「おい！こいつ化け猫も憑いてるのか！？先に言えよっ！ビックリするじゃねぇかっ！」 「いや、子どもになっただけだぞ？だって猫要素はどこにもねぇだろ？」 「はああ！？どう見ても化け猫だろぉ～！？唸るし威嚇してシャーシャー言うし……それにほら俺の顔見てみろよ！噛み痕と引っ掻き傷だらけだぞ！？猫要素しかねぇだろ！！」 　納得のいかない浩二が、傷だらけの顔を指差しながら斎に近付いた。 　 「お！よかったな浩二。男前になってるぞ！」 「ちっがああああああああうっっ！！――……」 ＊＊＊