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Act.3日向-2

 夕方になり大地が職場から帰宅してきた。 「ただいま」  居間で祖父の残している本を読んでいる優に、大地はにこりとほほ笑んで言ったので、優は戸惑いながらも小声で「おかえり」と言う。すると満足したのか、大地は今以上の笑顔になった。 「あれ?それってじいちゃんの部屋にあった本?」 「あ、あぁ……暇だったし、スミレさんも読んでいいって……」 「そっか。僕はじいちゃんの本、難しすぎて読む気しないんだよね」 「あら大地お帰りなさい」 「ただいまばあちゃん」  ひょこっと居間に顔を出したスミレにもただいまを言った大地は、着替える為に部屋へと向かい、着替え終わるとまた居間にやって来た。 「今日はカレー?」 「そうよ。昼間優君と一緒に買い物に行ったからね。重たい物持ってくれる人がいて助かったわ」 「そっかぁ。ありがとね優君」  何故大地がお礼を言うのかわからず、優は首を傾げた。大地は気にすることもなく台所に向かい、スミレの手伝いをした。  今日の夕飯はカレーに温野菜というシンプルなもので、それらが食卓に並ぶと、三人で「いただきます」を言って夕食になった。 「そうそう。優君、おじいさんの本に興味あったみたいだから、今読んでるのよね」 「え、えぇ……」 「大地も私も難しすぎて読みたいって思わないのに、優君ってすごいわね」  スミレは優を褒めるのだが、何がすごいのかいまいちわからない。ただ文字の羅列を淡々と読んでいるだけだ。ただ、昔の小説なだけあって、文章表現が今時でない辺りは古風で、読んでいて面白いとは思う。難しい漢字もいっぱいで、これを普通に読んでいた大地の祖父の方がすごいと思う。 「優君くらいだと漫画とかの方が好きなんじゃないかな?」 「漫画は読まない。てか本自体あまり読んだ事ない」 「そっか。じゃあいきなり難易度の高い本だと辛いんじゃないかな?」 「別に……」 「今度僕と一緒に本買いに行く?」 「えっ?」  大地との会話はいつも優の思っている斜め上をいく。だからこそ大地の行動や言動には反応が困ってしまうのだ。スミレの場合は相手を見て会話を挟んでくるくらいなので、さほど驚きはしないが、大地相手だといつも驚かされてばかりだ。 「隣町の本屋さん。けっこう大きいし、いろんなジャンルあるから、優君が気に入りそうなのもあると思うんだよね」 「でも俺、この家にあるので十分」 「そっか……」  少し寂しそうな顔をした。なんだか悪い事をしたみたで「ごめん」と謝ると、「気にしないでいいよ」と言われ、大地の大きな手が優の頭を撫でた。こうして頭に触れられたのは二回目だ。一回目は昨日の風呂で頭を拭いてもらった時。  よくよく考えると大地はかなりの過保護なのではないかと思った。 「まぁ優君が本屋さんに行かなくても、気晴らしにドライブでも行って来たら?」 「えっ?」  スミレが出した提案に優は戸惑う。  この家には車庫があり、そこには白のワンボックスカーが一台ある。普段大地は自転車での通勤なので、使うのは休日の買い物くらいなのだそうだ。 「そうだね。ここも海が見えていいかもしれないけど、景色いい場所あるから行ってみない?」 「でもいいのか?せっかくの休みを俺なんかに使って……」 「そういうのは気にしなくていいよ。僕だって優君が気分転換になったら嬉しいし、優君の事、もっと知りたいから」  その言葉にドクンと胸が高鳴った。  まただ……優はたまに発言する大地の言葉に胸が高鳴る。どうしてなのかわからない。けど、別に嫌ではなかった。 「じゃ、じゃあ行く……でも俺、いい所とかそういうの知らない……」 「大丈夫だよ。僕も調べておくし」 「うん……」  ここはとても暖かい。陽だまりという言葉を呼んでいた小説で見つけた。きっとこの家も陽だまりのような家なのだろう。  大地が過去に受けた傷も全てを癒すように、優の心もまた少しずつ、冷たい氷が溶け出していくような感覚がした。  夕食を終え、風呂に入り、与えられた部屋でゆっくりしながら小説の続きを呼んでいると、「優君?」と襖の向こうから声が聞こえた。 「な、何……?」 「今入っても大丈夫?」 「あ、あぁ……」  一体何の用だろうか?大地はスッと襖を開け中に入ってきた。 「今日はばあちゃんと一緒にいてくれてありがとね」 「別に……ここに住む条件にスミレさんの相手って、あんたが言ったんだろ?」 「そうだけど、ばあちゃんすごく喜んでたから」 「そ、そっか……」  喜んでもらうような事はしてないような気がする。むしろスミレからは大地の事をいろいろと聞いてしまった。その時スミレは悲しい顔をしていた。だから楽しむような事は何もないのではないかと思った。 「それでその、優君はもしかして眠り浅い方?」 「なんだよ突然」 「うん。昨日うなされてたから……もし浅い方ならと思って、ホットミルク作ろうかと思ったんだけど」 「ホットミルク?」 「温めた牛乳に砂糖を少し入れたもの」  飲んだ事はないと正直に答えると、「待ってて」と言って大地は部屋を後にした。  しばらくすると湯気の立つマグカップを二つ手にしていた。それを手渡され、中を覗くと、甘ったるい匂いをさせた白い液体がそこにはあった。 「ホットミルク飲むと落ち着いて眠れるんだよ」 「あ、ありがとう……」  熱いのでフーフーと覚ましながらホットミルクを少し口に含む。匂い同様に甘いミルクの味が口いっぱいに広がった。 「甘い……」 「苦手だった?」 「ううん。嫌いじゃない……」  優は元々食に興味がないが、大体選んで食べるものや飲むものは甘いものが多い。だからこのくらいの甘さは丁度いい。 「もし眠れなかったら起こしていいからね」 「あっ、大丈夫。眠れなかったら本読むから……」 「わかった。あまり遅くならないうちに寝るんだよ」 「あぁ……」 「おやすみ」 「おやすみ」  ホットミルクを飲み終えた大地はそのまま部屋を後にした。一人になった優は、どうにも落ち着かない気分だった。  大地はお人よしの馬鹿だけど、とても優しい心の持ち主だ。自分がどんな態度や口を利こうとも怒らない。そんな大地の事だ。いつだっていいお嫁さんを貰えるだろうと考えていると、今度はズキリとした胸の痛みを覚えた。 「あいつに会ってから心臓がおかしい……不整脈なのか?」  もし心臓病ならそれはそれでいいし、死んでも構わない。  けれどそういう病気の類ではな事くらいわかる。ではこの胸の鼓動は一体何なのだろうか……  考えてみたが、答えは見つからなかった。

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