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Act.4名前-1
週末になり、優と大地は辺りを森林に囲まれた森へとドライブへやって来ていた。
自宅から車で一時間ほど、山道を登り辿り着いたそこは、静かで、辺り一面が山だった。民家の数も少なく、とても落ち着いたのどかな場所だ。
やはり大地達が住む町と違い、山なので雪がぽつぽつと積って日の当たらない山の一部は白くなっていた。
「優君寒くない?大丈夫?」
「へ、平気」
少し厚手のジャケットにジーンズという優に気遣って、大地は優の肩にもう一枚コートを着せてあげる。吐き出した息は白く、マフラーや手袋がないと正直寒いのだが、優はどちらもせずにただ茫然と山を眺めている。
「この辺りの冬ってこんな感じなんだ」
「優君はここに来たことない?」
「冬の山なんて想像つくから来たことない」
「そっか。でも実際来てみると想像と違うでしょ?」
「うん。すごく寒い」
二人の会話はさほど多くない。車の中でも大地が「温かいものでも買おうか?」「寒くない?」などという単発的なもので、それに優は相槌を打つだけだ。
白く染まった山や、むき出しの山。山一つをとってもその顔は様々だった。
「ここをもう少し行った所に隠れ家みたいなカフェあるんだ。後で行こうか」
「うん。あんたはよくここに来るの?」
「そんなに来ないけど、ふと落ち着きたい時とかに来る程度かな」
「ふーん……」
大地の家にお世話になって数日。休職中と言う優は日中本を読んだり、スミレの話相手になったり、一緒に買い物に行ったりしているが、大地と二人っきりで外に出るのは初めてだった。
「ここってちょっとしたウォーキングコースでもあるから少し歩こうか」
「わかった」
さほど会話数は多くないが、大地の家に来てから優の会話数は少しずつ増えていった。今日は何をしていたかや、スミレとこんな事を話した、やったと言う報告みたいなものだが、それでも優が話をしてくれるだけ大地にはありがたいと思った。
少しでも会話が出来るなら、優が心を開いてくれる余地はある。そしてちょとずつでもいいから心を開いてほしいとも思っている。
「優君ってなんだか冬が合うね」
「はっ?なんで?」
「うーん、なんか雪みたいに儚げだし、綺麗な顔が冬を連想させるっていうか」
「あんたってたまにきざな事言うんだな」
「そうかな?」
はははと笑う大地。だが優はそんな大地の言った綺麗な顔と言う言葉が心に引っかかった。
――綺麗?どこが?――
自分は醜く歪んでいる。それは心を通して表情に出ているはずだと優は考えている。ひょろっと縦に長い体躯や中性的な顔立ち。それらは優にとってコンプレックスでもあった。もし自分が男らしい身体や顔立ちをしていたら、人生もまた変わっていたかもしれない。
いや、そうであってもきっと自分は虐げられる運命だっただろう。
「優君は僕の事、ばあちゃんから聞いてるんだよね?」
唐突にそう聞いてきたので、優はドキッとした。まさか大地自らその話題に触れるとは予想していなかった。
「あ、あぁ……」
「そっか。でも優君は聞いてこなかったね」
「聞いちゃ悪かと思って」
「別に気にしないよ。傷は残っていても、もう昔の事だしね」
本当に気にしてないのだろうかと思った。けど大地はずっと笑顔でいる。お人よしの大地の脳内がまったくもってわからない。
「あ、あんたは過去の事、昔の事だからって言っていいのか?」
「どうして?過去の事ばかり考えたら前に進みたくても進めないでしょ?」
「それはそうだけど……あんたには怒りとかそういうないのか?」
「そりゃ、当時は悲しくて辛くて、どうして?って怒ったりもしたかな?けどそんな僕に手を差し伸べてくれる人たちがいたから、僕はこうして生きてるし、前を見ていられる」
「そんなもんなのか?」
「そうだよ。優君がどう思ってるかわからないけど、僕やばあちゃんは少なくとも優君の見方でありたいと思ってる」
あぁ、本当にこの人たちは自分と違う。
優は大地の顔を見ながら思った。その表情はとても眩しい。どんなに焦がれてもなれるものでもない自分の姿がそこにあるようだった。
「たとえ僕やばあちゃんじゃなくても、優君に手を差し伸べてくれる人はいるからね」
「そんなのわからない。俺はずっと人の温もりを知らなかったから」
「そっか。優君にどんな過去や現在があるかは知らないけど、僕やばあちゃんは優君が抱く自分の姿とは真逆に映ってるよ」
「ど、どんなだよ……」
「そうだなぁ……本当は優しくて人が好きだけど、自分の身に起こった事が障害となって素直になれない。その表現を知らない。優君の顔は綺麗だと思うけど、同じように本当は心も綺麗なんだよ」
スッと伸ばされた手が優の頭を優しく撫でた。その行為になんだか優はくすぐったくて俯いてしまった。
「優君は自分を変えたい?」
「変われるもんならな……けど無理だろ」
「どうして?」
「人なんて簡単に変わらないよ。俺とあんたは違う」
「そんな事ないよ。変わろうと思えばどんな優君にだってなれるんだよ」
あぁ温かい。温かい何かが優の心に染み渡るような感覚がした。どんな優でも大地やスミレは受け入れてくれるし、諭してくれる。この人たちは優を偏見の眼差しを向けたりしない。
「僕はね。優君の事好きだよ」
「なっ!」
突然の告白に優は顔を上げ、耳まで真っ赤になった。顔が火照って外の寒さなどまったく感じない。
「違う違う。変な意味じゃなくて、人として、優君の事が好きって事だよ」
「な、なんだよ……初めにそう言えよ」
どこかホッとしたが、違う意味と言う言葉に少しズキリとした痛みも生じた。これは一体何なのか?優にはまったくわからない。
「僕は優君が幸せになってくれる事を願ってる」
「ホントあんたってお人よしだな!そんでもってめでたい頭してる!」
「職場の子にも言われた事あるよ。でもこれが僕だから仕方ないよ」
「そうだな。いきなりあんたがチャラくなっても笑えるだけだし」
「ならなってみようかな?」
「はっ?」
「優君の笑った顔が見てみたい」
真剣に言われてしまい、優は呆気にとられてしまった。笑った顔と言われても、そんな簡単に笑えるものでもないし、どうやって笑っていいのかも知らない。
「俺の笑った顔なんて気味悪いだけだって……」
「そうかな?きっと可愛いと思うけどな」
「男に可愛いとか変だろ!」
「そんな事ないよ。優君の笑顔はきっと可愛いよ」
なんだか釈然としないし、調子が狂ってしまう。
「そろそろカフェに行こうか。あんまり外にいても寒いだけだし」
「あ、あぁ……」
そう言うと大地はためらいもせず優の手を握った。その行動に「えっ?」となったが、周りに人もいないので見られても大丈夫だし、素手の優には大地がつけている手袋が毛糸なのもあり暖かかった。
「男同士で手つなぐって変だよ」
「気にしなくてもいいと思うよ。誰もいないし。それに優君の手が冷たいの、手袋しててもわかるよ」
「だ、大丈夫だから」
とは言っても大地は手を放してくれなかったので、そのまま車を置いている駐車場まで、二人は手を繋いで歩いた。
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