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Act.5感情-2

 風呂から上がると、スミレはすでに就寝しており、炬燵のある居間には大地がいた。こうして夜、二人で居間にいるのは恒例となりつつあった。 「優君お風呂上がったんだね。待ってて、今日もらったお菓子があるから」 「あ、うん……」  こうしてお風呂後に大地は優の為お菓子を出してくれる。今日は大地が会社でもらったと言う洋菓子屋のマフィンだ。ごろごろと入ったチョコチップに甘さ控えめの生地が丁度よかったのだが、ふとマフィンにかじりつきながら思った。 「なぁ、これって大地の同僚の有貴って人から?」 「えっ?あぁ、そうだよ。有貴ちゃんが昨日の帰りに買いすぎたからって言ってた」 「ふーん……」  本当に買いすぎたからなのか?彼氏がいると大地は言っていたが、本当は彼氏などいないのではないのか?ただ有貴と言う女は見栄を張ってそう言っただけではないかと根拠のない疑いをかけた。  どうして自分は有貴に対して疑念を抱いてしまうのか?単なる嫉妬だからか……ふと優は大地に聞いてみる事にした。 「なぁ、本当に有貴って女と何もないのか?」 「いきなりだなぁ……何もないよ。有貴ちゃんは本当に友達だし、僕も有貴ちゃんの彼氏には会った事あるから。彼氏の方からもお友達認定されてるし、よく三人で会ったりもするよ」 「そっか……」  なら一安心。  心にあったもやもやが少しは晴れた。だがこの際だからいろいろと聞いてみたいと思った。 「大地は彼女とかいないのか?」 「いないよ。っと言うより作る気はしないかな」 「ふーん……なら今まで彼女何人いたの?」 「普通にお付き合いしてた子なら三人かな?少ないでしょ?」 「そうなのか?俺にはよくわからないけど……」  三人もいたんだ……  心の中で大地と付き合った女性とはどんな人物なのか考えてみた。しかもその数が多いのか少ないのか優にはわからない。優はこれまで付き合ってきた相手などいないから。 「今日は随分と聞いてくるね。何かあったの?」 「いや、別に深い意味はない……気になったから」 「そっか。それじゃ僕も聞いていい?優君は彼女いないの?」 「いない……てかいるわけないじゃん。誰も俺に興味なんてもたないよ」 「そっかな?優君は綺麗なんだし、いてもおかしくないと思ったんだけどなぁ……もし僕が女の子なら優君に一目惚れかな?」 「えっ?」  その言葉に優の心臓がドキンと跳ね上がった。だがそれも直ぐに萎んだ。 (女だったら……か、)  自分も大地も男だ。男同士で恋愛などまずないのだろう。周りだって、スミレだって嫌がるだろう。けど許されるなら……  そう思った瞬間に優は全身が沸騰したように熱が込み上げてきた。 「優君?」 「な、なんでもない!このマフィンめっちゃ美味しかった!それじゃ、俺もう寝るよ」  いそいそとその場を後にした優は部屋に戻ると敷いてある布団に屈潰した。 「許されるならってなんだよ……これじゃまるで俺が大地の事……」  その先を口にしようとしたが、口にしたらきっと後には戻れない。そう思うと何も声には出なかった。  自分はおかしい。絶対に!同性の大地に対してこんな気持ちを抱くなんて思いもしなかった。 『許されないかもしれない……けど、私はあなた事をお慕い申しております』  ふと読んでいる小説の一文が頭に浮かんだ。慕っている……それは「好き」と言う意味だ。誰にでもわかるその意味が、自分の心でわだかまっていた。  きっと気の迷い。優しくされたから心が揺らいだだけで、これは決して恋ではない。自分にはそんな感情はないんだと言い聞かせた。だが気づいてしまっては遅かった。 「俺はあいつの事……」  この先を考えたくない。きっと拒絶されるし大地自身はただ保護した程度にしか思っていないだろう。それに自分も大地も男なのだ。きっと大地は嫌がるだろう。  もやもやとした気持ちが優の心に影を落としていく。  恋愛の定義など知らない。  書物などに書かれていたのは、寝ても覚めてもその人の事ばかりを考えてしまう。食事が喉を通らない。いつでもよく見られたい。自分だけを見て欲しい。自分のものにしたい。  そういったのを恋愛と言うのなら自分はどうだろうか?  そんな四六時中考えてはないが、一緒にいるだけで温かい気持ちになる。誰か他の人の名前が出ると気になって仕方ない。これも恋愛と言うのか?  前者は男女の恋愛小説でよく書かれているが、自分のこの感情もそうだというのなら、自分は女々しい。いや、これは男女だからという定義はなく、誰しもそうなのるのかもしれない。  優はかつてない感情に左右されていた。認めてしまえば楽かもしれないが、認めるにはリスクが大きい。それに自分には恋愛の「愛」と言う意味がいまいちわからない。  これではただ恋をしただけだろうが、はたしてこれが恋と言えるものなのかどうか。  悶々とした気持ちばかりがある。  感情がないものだと思っていた。だがそれは違い、感情を押し殺して生きてきただけなのだと実感した。大地に対してこうも心臓が高鳴ったり、嫉妬してみたり、触れられたり笑った顔を見ただけで、気持ち高揚する。こんな感情は知らなかった。知ってしまったら後は簡単だ。これからこんな不安定な感情が表情や態度として溢れ出てしまう。 「普通にすればいいんだ……ポーカーフェイスは慣れてるじゃないか」  なんだか大地の顔を見るのが恥ずかしいと思った。  そんな事を考えてると、襖を叩く音が聞こえた。 「優君?ちょっといいかな?」  こんな時に大地が来るなんて……どんな顔をすればいいのかわからないが、開けない、嫌だと言った拒否をしたら逆に怪しまれるだろう。優は黙って襖を開けた。 「何?」 「いや、さっき様子がおかしかったからどうしたのかなって思って……」 「べ、別に……」  いろんな事が頭を過る。大地の顔が見れない優は俯いたままでいた。 「もしかして具合悪いの?」 「いや、本当に何もないから!大丈夫だから!」  バッと顔を上げた先にある大地の顔。直視してしまった優はかぁっと顔が火照るのを感じた。 「でも顔赤いけど……」 「これはさっき風呂入ったからで……別に何もないから!」  必死になってその場をやり過ごそうとしても、大地はずっとそこから離れない。 (頼むからどっか行ってくれよ)  バクバクと鳴る心臓がうるさい。このままここで話をしたくない。そう思っていると、大地の手が優の額に触れた。 「……っ!」 「結構熱いね。風邪じゃないといいんだけど……」 「だ、だから大丈夫だから!なっ!」  わたわたとする優を余所に、大地は額、そして頬にと手を滑らせる。その優しい手つきは気持ちよく、優は「んっ!」と甘い声を漏らした。 「優君?」  今自分の顔を鏡で見るとすごい顔をしているだろう。  優の顔は真っ赤に染まり、目はとろんとしながら上目使いで大地を見つめていた。その欲の籠った眼差しに大地は一瞬固まってしまった。 「そ、そっか……なら風邪引かないように気を付けてね」  スッと手を放した大地は、そのまま部屋の方へと向かった。  助かったと思うのと同時に、優の心の中では「もっと触れてほしい」という欲がない交ぜになっていた。  大地は部屋に入る際にもう一度優を見た。突然の事でドキッとした優だが、大地は何も言わずに部屋に入ったので、優も襖を静かに閉めた。 「なんだよこれ……心臓が気持ち悪い……」  今だバクバクと鼓動が早い。こんなになったのは生まれて初めてだ。  優は「大地」と小さな声で名前を呼んだ。呼んだ所で大地が来るわけではないのだが、どうしてもその名を口にしたかった。  忙しい心臓にぐちゃぐちゃな思考。こんな状態で自分は大地の元にいてもいいのだろうか?ふと疑問に思ってしまった。 「これが好きって気持ちなのか?」  これまで誰かに好意を抱いたことなどなかった。だが心がきゅっとなるような感情に、さっき触れた手でもっと触ってほしいという欲求。そこにいるだけで嬉しいし、第三者の名前が出ると嫌な気分になる。  これが恋というものか……  認めたくはないが、自分は大地に恋をしているのだと、優はこの時はっきりと認めた。

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