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Act.6想い-1

 触れた手がじんじんと熱い。  扇情的な優の眼差しに大地はドキッとした。  あんな顔をした優を見るのは初めてだったし、理性というものがなかったらその場で優を抱きしめていただろう。きっとそんな事をしたら優は大地を嫌いになるかもしれない。そう考えたら怖かったので、そうならないように理性を総動員させて自分を抑え込んだ。  どうしてこんな気持ちになるのか……  一夜明けてもまだわからなかった。  ただ寂しそうで苦しそう、助けてと言っているような涙を流す横顔を見た時抱いた感情が大地の何かを揺す振った。  きっと一人なのだろう。誰も助けてはくれない。だから何もかもどうでもいい。そんな投槍な感じが昔の自分と重なる。だから放っておけなかった。  ただそれだけだった……なのに……  優をこの家に招いたのは自分と似ているから、ただそれだけの理由からだ。  だが今は別の想いも顕在している。  優の笑顔を見たい。優と一緒にいたい。優といると心が安らぐ。優を悲しませたくない。自分にできる事ならなんだってやってみせる。そんな感情が気が付くと芽生えていた。  さして長い時間を共有したわけではないが、どうしてかそんな風に思ってしまう。この感情は一体何だろうか?スミレが自分に向ける親心のようなものなのかもしれない。もしくは自分と重なるからという同族意識なのかもしれない。  いや、そのどちらとも違うような感じがしていた。 「ちょっと大ちゃん?」  ハッとなって顔を上げると、眉をしかめながら自分を見る有貴がいた。 「どうしたのよ。もうお昼よ。それに全然手が動いていないように見えるけど?」 「えっ?あぁ……困ったな。全然進んでない」  パソコンの画面に出されているソフトには文字がまったく打ち込まれていなかった。これでは残業決定だろうと思った。 「ご、ごめん。少しでも進めたいからお昼はここで食べるよ」 「そう?でもあんたが何もしないでぼーっとしてるのも珍しいわね。いつもぼーっとしてても手だけは動いてるのに」 「はは……まぁ、ちょっと考え事かな?」  今朝は優が起きてこなかったので、そのまま支度をして家を後にした。いつもなら大地の起きる時間に合わせて起きてくるが、昨日は本を夜遅くまで読んでいたのだろうか?気にはなったが、もしそうじゃなく具合が悪かったならと思った。 (一応後でばあちゃんに連絡しとこう)  もしも具合が悪かったならスミレもいるので大丈夫だろうが、大地としては気が気じゃなくなってきた。 「何よ。考え事って何か悩みでもあるの?」 「まぁ……あると言えばあるかな?」 「へぇ、もしかして優君かしら?」 「えっ、あぁ……うん」  一度そうかもしれないと思うと、とことん優の事が心配になってきた。もちろん別の事もあるのだが、今は優の体調の方が気がかりだ。 「もしかしてついにその子が大ちゃんの事騙したとか?」 「そういうのじゃないよ。ただ、昨日顔が赤かったし、体調不良かなって思って……」 「ホントあんたってちょっとした事に敏感ね!まっ、なんだか気になる話題だし、今日終わったら付き合ってあげるわよ」 「だ、大丈夫。それにこれ今日中に終わらせないといけないのに終わってないから、たぶん残業と思うし」 「気にしないわよ。あぁでも、八時までに終わらなかったら明日聞いてあげる」 「ありがとう」  どうやら有貴は八時に彼氏とデートの予定があるらしい。 (本当に有貴ちゃんは優しいな)  良き友を持ったなと思いつつ、大地はお昼を自分の机で過ごした。  どうにか仕事を終わらせ、残業を免れた大地は、駅前近くにあるカフェで有貴と一緒にお茶をする事になった。  昼過ぎにスミレに電話をし、優は別に体調も普通だと聞いてホッとした。そして帰りが少し遅くなる事も告げると、スミレは「デート?」とウキウキした声で聞いてきたが、ちゃんとそこは否定をしておいた。 「んで?何をそんなに悩んでるのよ」  マキアートの入ったマグカップを手に有貴が眉をしかめながら聞いてきた。 「悩みってほどでもないけど、昨日ちょっと有貴ちゃんの話題が出てさ」 「あたし?」 「そう。ほらこの前お昼を外で食べた時だと思うけど、たまたま見てた人がいて……」 「あぁ、もしかしてあたしと大ちゃんが付き合ってるって勘違いしたのね?」  納得したと言った表情を見せる有貴に「そう」と大地は言った。そしてその後、優の様子がおかしかった事や、そんな優にドキドキした事などを有貴に話した。  それを聞いた有貴は「あー」とか「うーん」とか言いながら表情をくるくると変えていく。 「もしかしてさ……優君って子、大ちゃんの事好きなんじゃない?」 「へっ?」  つい手に持っていたカップを落としそうになってしまった。 「だってさ、あたしと大ちゃんが付き合ってるかもしれないって話題になった時、優君はむっすりしてたんでしょ?それに大ちゃんが触れると顔真っ赤って……それって恋じゃない!」 「そ、そうなの?」 「そうなのよ!んもう!そういう話なら大歓迎!あたしそういうの偏見ないから!」  恋愛話は女の好物と#豪語__ごうご__#する有貴。なにやら話が盛り上がってきた。特に有貴だけなのだが。 「優君の事は大体わかった。それで?大ちゃんはどうなのよ?」 「ぼ、僕?うーん……恋愛感情の好きじゃなくて、普通に好きは当てはまるけど……」 「なによぉ!だったら何そんなに悩んでるのよ!」 「いや、なんかさ……たまに優君が色っぽい顔して、それにドキッとさせられるっていうか……」  なんだか顔が熱くなる。昨日の事を思い出しても熱くなるが、こういう事を口にするのも恥ずかしくてたまらない。 「へぇ……それが恋って言うんじゃないの?」 「でも僕も優君も男だよ」 「関係ないでしょ。好きになった子がたまたま同性だってだけで……」  有貴の言い分もわかる。だが現時点で優の事を恋愛の対象での「好き」なのかどうかがわからない。それにもしも優が自分を好きとした場合、どういった反応を示せばいいのかもわからない。 (その前に優君がそういう事言わないか……)  自分に自信がなく、いつも卑下した物言いをする優だ。例えそうだとしても言ってくる事はないだろう。なら自分から言うしかないだろう。でもそういう意味で優が好きというわけでもない。  相反する二つの感情が大地の中でせめぎ合っている。  次第に表情が曇る大地を見て、有貴は大きなため息を漏らした。 「なんだか釈然としないわねぇ……男ならバシッといきなさいよ!」 「いやまぁ……うーん……」  答えに困り果てていると、ちょうど有貴のケータイが鳴りだし、彼氏からの連絡だと告げられた。 「また話聞くわ!それじゃ!」 「うん」  荷物を持って店を後にした有貴。大地は一人カップに残っていたコーヒーを飲みながら考えた。 「僕が優君をそういう目で見られるかどうか……うーん……」  少々頭を悩ませたが、優ならば嫌でないという結論には達した。だがふと疑問も浮かんできた。 「男同士の付き合いって……どうやるんだ?」  身近にそういう人達もいない大地にとって、男同士の付き合いは未知数だった。ただ普通にデートしたりするものなのだろうか?キスとか普通に出来るよね?けどその先は……?  いろいろな疑問が次から次へと浮かんでしまった。 「と、とりあえずまずは相手の気持ちと、僕の気持ちの整理をしないと」  グイッとコーヒーを飲み干すと、優とスミレの為に買ったスコーンのテイクアウトが入ったペーパーバックを手に帰宅する事にした。

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