19 / 81

第19話

「清瀬先輩、これ。ハンカチ貸してくれて、ありがとうございました」 昨日かーちゃんがアイロンをかけて綺麗にしてくれたハンカチを取り出す。 「ハンカチなんていつでも良かったのに。万谷くんはやっぱり律儀だね」 清瀬先輩はそう言って、綺麗に笑った。 眩しい。そして、胸がちくりとする。 「早めに返した方がいいと思って。じゃあ、俺先に行きますね」 「え…?」 「自転車直って、今日からまた自転車なんです」 「…そっ、か」 ほんの少し。ほんの少しだけ淋しそうな表情を浮かべた清瀬先輩に、胸はぎゅっと痛む。 いや、でもここは、ダメだ。 「じゃあ、ありがとうございました。また」 また、なんて、きっとない。分かってる。 「…うん、また、ね」 淋しそう。そう思うのは、俺の都合のいい解釈なんだろうか。 ゆらりと揺れた瞳が、俺の胸を締め付けるようだった。 ダメだ。 背中を向けて、自転車にまたがる。そのままペダルを大きく踏み込んだ。 早く。早くここから離れないと。 抑えたはずの何かが、出てきてしまいそうで。 学校までそんなにない距離を、俺は無心でペダルを漕ぎ続けた。 「はよー。千景、朝から死んでるじゃん。どしたの?」 学校に着いて教室に入り、机の上に伏せていると万亀の声が降ってきた。俺はのろのろと顔を上げる。 「…はよ。何か…疲れちゃって」 そう言いながら、再び伏せる。 「朝から? 何かあった?」 「…身の丈に合わないものは望まないって決めてるんだ…」 「?? うん」 「…けど、揺らぎそうで怖い。から、戒め」 「?? うん?」 わけわからん。って万亀の声が言っている。 顔を上げて表情を見なくても分かる。これは絶対困惑している顔だ。 「ってかさー、千景の言う『身の丈』って何?」 「はぁ?」 それには思わず顔を上げた。 「いやだってほら、ニャンテンドースイッチ欲しいから、お互い夏休みとかバイトしたじゃん?」 「?? したけど?」 今度は俺が困惑した表情を浮かべる番だ。 「それはさぁ、バイトして金稼がなきゃ手に入らないもんじゃん?」 「?? そうだな」 「ニャンテンドースイッチって、ある意味では身の丈に合わないものなんじゃないの? すぐには手に入らないわけだし」 「………そうなの…?」 「でもさぁ、努力して手に入れたじゃん。努力して手に入れるのが身の丈に合ってるなら、今は無理でも努力して手に入れればいいんじゃないの? ダメなの?」 「…………」 え、どうなの?

ともだちにシェアしよう!