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第23話

トイレには誰もいなかった。 俺は水道で手を洗って、ぼんやり鏡を見た。 どうってことない、普通の顔。だけど今日はさらに冴えない顔をしていた。 俺は今日ここへ来て、何がしたかったんだっけ。 可愛い子に会って心が動くかどうか知りたかった? 清瀬先輩にドキドキしたのは何だったのか知りたかった? 違うんだよ、多分。 清瀬先輩に惹かれてるのを、身の丈に合わないから、って否定したいだけなんだろう。 たった2回しか会ってない、ほとんど外見に惹かれたようなもんだから、余計に。 でも、この気持ちはそこまで育ってないから、諦めるなら今。 真下先輩を好きだったあの人がこっちを見てくれるなんて、そんな都合のいいこと思っていない。 きっと律儀な後輩として、先輩の中にいるだけ。それ以上でも以下でもない。 うん。 会わなくなればそのうち、痛いのもなくなるだろう。綺麗な人に惹かれた思い出として、ただ蓄積されるだけ。それだけでいい。 濡れた手を拭いて、トイレを出た。 全く気持ちは乗らないけど、とりあえず戻って飯食って…適当なところで帰ろう。 そう思ってテーブルへ向かう途中、うっかり誰かとぶつかりそうになった。 「っと、すみません。考え事してて…」 「あ、いえ、こちらこそ…」 お互い相手を見て、思わず固まった。 「…え、万谷くん…」 「清瀬先輩…?」 嘘だろ、おい。 気持ちが育たないうちに諦めようと決めたその直後に普通本人に会うかな!? どんな偶然!? 「っえ、あ、偶然、ですね…?」 「あ、うん。友達と来てて…」 「あー…俺も、ちょっと、誘われて…」 「そうなんだね。えっと…」 先輩が何か言いかけた時、「すいちゃーん」って先輩を呼ぶ声がした。 「あれ、まだドリンクバー行ってなかったの?」 現れたのは、俺と同じくらいの身長の、明るい髪色の人。バチバチにピアス空いてるのがちょっと怖い印象だけど、タレ目だからかそこまででもないな。 「あ、うん。あの、この前話した、万谷くん。偶然会って」 「あ! あー、噂の!」 「噂…?」 どんな? と思っていると、その人は俺の右手を両手で掴んで「ありがとう!」と言った。 いや、俺あなたに何かしましたっけ…? 「あのクソのような真下の後輩って聞いたからさー、どんなかと思ってたらすごい律儀で優しい子ってすいちゃんから聞いてさー。おかげでこの子もちょっと元気になったし、俺も1回会ってみたかったんだよねー」 クソのような真下、って言ったわ、この人。

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