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第58話
「びっくりしましたね。大丈夫ですか? どっかで休みます?」
先輩の背中に手を触れたまま、軽く顔を覗き込む。表情はまだ強張ったままで、よっぽど嫌だったんだろうな。
「…万谷くん…」
「はい?」
「ごめん、ちょっと…」
先輩はそう言って、俺にぎゅっと抱きついた。
んえ? ………俺に?
「っせ、せん、せんぱいっ??」
ちょっ、えっ、何。どうすればいいの? 俺も抱き締めていいの? って、いいわけあるかい!!
「だ、いや、あの」
大丈夫ではないよな、これは。
「…怖かったっすね」
それだけ言って、そっとそーっと先輩の背中を撫でた。自制しないと、今すぐ抱き締めそうで。
「…ごめん、情けないとこ…」
「全然情けなくなんかないっすよ! あれはあっちが悪い。悪質です。男だからって触っていいことにはならないです。先輩はなーんにも悪くないです」
「…ありがと…」
「どこかで休みます?」
「ううん。大丈夫」
先輩は顔を上げてちょっと笑う。でもそれがあんまりにも弱々しい笑顔で、俺は胸がぎゅっとなった。あのロクデナシ男に軽く殺意が湧いた。ドクズの分際で清瀬先輩にこんな顔させやがって。
「…万谷くん?」
「あっ、すみません! 無意識でした」
俺、先輩の髪撫でてた。ヤバい。腕をもいでお詫びしないと。
「…ううん。気持ちいい、から……もう少し、して…?」
「本望です」
「っふ、それ返事?」
あ、ちょっと笑った。良かった。
「先輩が俺のしたことで喜んでくれるなら何だって本望っすよ」
「お…大げさ」
「全然。俺は先輩にだけは嘘つかないっすからね。全部ほんとです」
「……勘違い、しそう…」
「? 何か言いました?」
「ううん。ありがとう」
腕の中で、先輩がゆっくり力を抜いたのが分かった。
こうされてると、心を許してもらった感じがして勘違いしそう。落ち着こう、俺。
後輩の中では特別枠にいさせてもらえてるくらいの自惚れはあるけど、それは親愛とかであって、恋愛ではない。先輩の好きな人は、真下先輩みたいな人なんだから。
「先輩、ああいうナンパ初めてじゃないっすよね?」
「ナンパ…なのかな。史生くんたちと遊んでてもたまにあんな風に声かけられることはあって…。けど、シノくんがいるから」
「あぁ、シノギダ先輩でかいっすもんね。迫力あるよなぁ」
俺もナンパ男を追い払えるだけの迫力が欲しい。
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