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第80話

腕の中に、華奢で温かい感触がある。思わず頬を寄せたくなるような柔らかい髪と、優しい甘い匂い。 壊したくないのに、思いきり抱き締めたくなる。 俺は理性を総動員させて、先輩から体を離した。 「大丈夫ですか?」 「…うん、あの…ありがとう」 先輩の目尻はほんのり赤く色づいたまま。可愛い。キスしたい。 「よ、万谷くん、あの…ん、くすぐったい…」 俺は無意識に先輩の可愛い可愛い唇を親指でなぞっていたことに気がついた。 「うわぁああ!!」 何してんだ俺の手ぇぇ!! 「ほんっ、あの、違う!! ごめんなさい!! あの、うわっ、ちょっ…もう、殴ってください!!」 「何で!?」 何してんだほんとにぃぃい!! あっでも待って、すごい柔らかかった。先輩の唇触った手で自分の唇触る変態ですみません!! だってするでしょ!! 大好きなんだから!! 「うわ、もうほんとに…不埒な手は叩き落としていいっすよ。次からそうしてください」 「………次、も…あるの…?」 「んぐッ」 上目遣い…!! たまらん可愛い!! 自分がどんどんやばくなっていく。自分が自分で怖いもん、俺。 「えっと…あの、万谷くんなら、いい、よ」 「――ッ」 ヒュッて自分の喉が鳴って、一瞬意識が飛びかけた。 え、何これ夢? 幸せな夢過ぎて死ぬわ。 「万谷くん!?」 「あ、大丈夫です。一瞬意識飛んだだけなんで」 「ダメだよね!?」 「先輩は俺に色々許しすぎなので、ちょっと厳しくした方がいいっすよ。付け上がります」 「俺、多分、万谷くんには厳しく出来ない、と思う」 「え。」 「だってあの、最初に優しくしてくれたの、万谷くんだから」 先輩はそう言って、まだ赤みの残る顔を上げて俺を見た。そうして、柔らかくとろけるような笑みを浮かべて、ただただ俺を魅了した。 「…せ、」 「本、落ちちゃったね。ごめんね」 先輩が屈んで本に手を伸ばす。 「はい」 「ありがとうございます。あの、先輩」 「なぁに?」 「俺、先輩のことが――」 まっすぐ見つめる先輩の目は、ただ澄んで綺麗で。俺はそれに惹かれるように口を開いた。 「あれ。千景、と…すいじゃん。何してんの、こんなとこで」 我に返ったのは、そこへ割って入った声があったから。 「…涼輔、」 「ふーん。八月朔日たちいねぇんだ」 「今日は万谷くんと約束したから」 「そんなに仲良くなると思わなかったな」

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