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第12話

 起き抜け一番、ドアポストを見ると、診断書が入っていた。 「直貴、きょうはどうする? 一旦家帰る?」 「ううん、朋之さんが帰ってくるまでここにいる。いい?」 「もちろん。なるべく早く帰るよ。冷蔵庫の中のもの、適当に食べて。体調が悪くなったらここに電話してね」  手渡したメモには、太子堂(たいしどう)いずみクリニックの番号。  和泉の実家だ。家族に話は通してあると、本人からメールが来ていた。 「いってらっしゃい」 「うん、いってきます」  通勤時間の30分間、熟慮を重ね、やはり校長と竹本さんには話を通すことにした。  反対される可能性は高いが、身勝手な行動でふたりの信用を落とすわけにはいかない。  学校に着いて早々、校長に、きのうの顛末(てんまつ)を話した。  校長は悲痛な面持ちで黙って僕の話を聞き終えると、開口一番こう言った。 「養護施設が妥当ではないかと思うけどねえ。木下くんひとりがそんなに負担を負う必要はないんじゃないか?」 「いえ、負担ではないです。本人は施設は嫌だと言っていますし」 「一教員が抱え込める域を超えているよ」  僕は、一教員なんかじゃない。  誰よりも塚原直貴を大切に思っていて、手放すつもりなど毛頭ない。  ……と言えたら話はすぐ済むのに。  竹本さんにも連絡して、午後、相談をすることになった。 「彼は、良くも悪くも、我慢強すぎるんです。自分が施設に入ることは、親に捨てられることと同義と考えていて、それは嫌だと。そんなことになるくらいなら、現状維持がいいと、そう言っていました」  僕の訴えに、竹本さんは、小さく何度もうなずきながら答えた。 「『自分が保護されるせいで、親が悪く思われるのが嫌だ』という考え方をする子は一定数いて、塚原くんはそのタイプなのかもしれませんね。酷い仕打ちを受けながらも、やはり両親からの愛情への憧れは忘れられないのだと思います」 「それは、親以外で、深く受け入れるような人間がいたとしても、代わりにならないということですか?」 「そんなことはないと思いますよ。育ての親に感謝して、自立して生きている人はたくさんいますから」  僕自身は、直貴の人生を丸っきり受け入れる準備ができている。  なのに、熱弁すればするほど、正義感に燃える向こう見ずな若い教師に見えてしまうような気がする。  校長は腕を組み、僕に尋ねた。 「木下くんは、どうしてそこまでこだわるのかな」 「それは、本人が僕のところが居心地いいと言ってくれているからです」 「じゃあ、もしも同じような生徒が何人も現れたら、全てを受け入れるのかい?」  核心をついた質問だった。  意地の悪い聞き方のようにも見えるけれど、実際問題どうなのかというのは、大事なことだと思う。  僕は、真っ直ぐ目を見据えて言った。 「塚原くんひとりで手一杯ですね。でも、偶然僕の教え子で、偶然助けて、偶然僕に助けを求めてくれた。ならばこの子を大事にしようという、運命論的なことを考える性格です。僕は」  校長は眉根を寄せて、豪快に笑った。  竹本さんも、目を細めて微笑ましげに口元に手を当てている。 「信じてみようか。木下くんの責任感と、塚原くんの直感をね」 「病院から通報を受けて施設で保護したという(てい)で、わたしが塚原さんの家に説明に行きますね。木下先生が直接行くと、居場所が知れてしまうかも知れませんから」  結局、自分の手で直貴をさらうことはできないらしい。  行政機関の実力行使にお世話になるだけだ。  昨晩かっこつけたことは、笑ってもらおう。  早く、ベッドの中で大笑いしたいなと思う。

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