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第1話 手折られる花

「…俺が…お前に手折られたい…。」 男が男に告げるには、どうかしている言葉だけど、この時の俺は衝動が止められなかった。 海もあり山もある俺の田舎、もちろん緑もいっぱい、要するに何もない所。 何もないから人間関係が濃密でうざい、いつも隣近所の人の悪口や噂話が繰り返し繰り返し続く。 綺麗な場所なのに何故こうも不浄なのかと物心つく辺りから思っていた。 不浄と同化、同調し同じ群れに入って安寧に過ごせば楽になれるのが分かっていても出来なかった。 当然の様に周りから浮き、煙たがられて堅物として生きていた俺に気安く声を掛けて来たのが『離婚した』という三田遼太だ。 誰とでも仲良くなれる遼太、夏の青い空が良く似合う男だった。 田舎の実家から自転車で通える距離にある高校へ通う俺、そのクラスメートだった遼太。 校則違反なのに髪を茶髪に染めて緩くパーマを掛け今風を装う彼、体格も良く部活動もしていないのに筋肉質、人懐っこくみえる垂れ気味の目元、包容力がありそうな態度、その容姿と性格で遼太は学校で人気があった。 片や俺はというと、家から近いというだけで選んだ高校は、ロクに勉強もしないバカばっかりでうんざりしていた。内心小馬鹿にしているが態度に出ていたのかもしれない。体格にも恵まれていない、神経質なのか太れなくて細く背もあまり高くない、身体的有利なだけのバカな奴らに当然の様に下に見られる。慣れあう気もないので、遼太の様に今風を装う事もしない。中学時代と同じまま、周りと違う黒すぎる髪を整えてキッチリ制服に身を包み学校へ向かう日々。 高校卒業までは、親元に居て過ごさざるを得ない俺は、毎日が苦行か懲役を受けている気分。東京への大学進学を目標にして勉強だけはしていただけに先生達だけには可愛がられた。 堅物優等生の俺と愛されヤンキーの遼太、話しかけて来たのは遼太の方。 確か次に赤点を取ると進級がヤバいとか言う理由で勉強を教えてくれとかいう内容だったと思う。 人懐っこい顔と態度に断ることが出来なかった。 今でもたまに思い出す遼太の一番好きな顔がある。 海沿いのトンネルを抜けた先にある高校へ行く途中、俺より先に自転車で走る彼が「学校見えて来たな」と振り向く制服姿の彼。 トンネルの出口に広がる青い海と彼の白いワイシャツ、俺を振り向くその顔は彼が取り巻きの仲間に向ける笑顔と同じもの。 俺を異物として見ない何の屈託もない明るい顔、それが俺の一番好きな遼太の顔。 この場所では異端な俺を同じ仲間とみている遼太に依存したくなった。 住む場所の方向が同じ俺達、待っているとは気づかれないよう気をつけて接点を持とうとした。 待ってる割に仏頂面の俺、うれしいはずなのに表情に出したくないバカな俺に他愛無い会話をする遼太。 気を使われているのかもしれないと思うと増々相槌が単調になる。 自転車を押して歩く俺達、トンネル間近の急斜面には野の花が咲いている。 花を見ると遼太は、すぐに手を伸ばし手折る。 色と匂いを愛でた後は、詰まれた花に憐憫の情もなく、するりと手から落とす。 先ほどまで手にしていた花を忘れてしまったかの様、俺は彼を咎めることはしなかった。 遼太に一時の間でも触れられ愛でられた花を羨ましく思った。 手折ることを止めたことがある。 梅雨の時期に白く大きく咲く山百合に、いつものごとく手を伸ばす彼。 強く甘い芳香を放つ大輪の美しい百合だった。 手折られた後の末路は分かっている、アスファルトの上に横たわり1日もしないうちに汚れ潰されて行くだけ。 他の花はどうでも良いという言うワケではないが、この百合は止めて欲しいと思った。 手を掛けながら強く甘い芳香を楽しむ彼に声を掛けた。 「遼太、その百合は可哀そうだ。」 大人しい俺からの非難めいた言葉に驚く彼。 「そうか?コイツが俺を誘っているから手を出してあげてるだけだぞ。」 俺を煽ってるかの様に、薄笑いをし躊躇もなく百合に手を掛け花托を折った。 忠告を聞かない遼太に腹が立ったのか、彼に選ばれた山百合に嫉妬したのかは分からないが、気づくと道路横の群生している山百合の上に押し倒していた。 山百合の艶々とした緑の葉と純白の花びらに埋もれる俺達。 小馬鹿にした様子で遼太が俺を見上げる。 「なんだよ友也、花くらいでキレんなよ、お前、優等生だからな。」 「…違う…そうじゃない。」 「何?重いからどけよ。」 「…。」 「なんだよ、ワケ分かんねぇぞ?はっきり言えよ。」 「…俺が…お前に手折られたい…。」 「たおられたい?なんだよそれ?」 遼太はバカだから、あまり難しい言葉は分からない。 バカだから『手折られたい』意味が分かっていない。 こんなバカな男に、同じ男同士なのに『手折られたい』と思う俺もどうかしている。 適当に謝って、胡麻化せば遼太はバカだから根には持たない、またいつもの日々が送れる。 山百合の強く甘い芳香が俺を狂わせる。 バカな遼太にでも伝わる言葉を口が言う。 「俺が遼太に抱かれたい…セックスしたいっていう事…。」 「へぇ…そう言う意味。」 バカだから言葉の意味がすぐ入らない遼太、恥ずかしくて腹が立つ俺。 不躾に俺を見て来る遼太の視線に堪えられなくなり視線を反らした。 気まずく赤面する俺の頬に指が当たった。 「だから、最近髪伸ばして俺の事、待ってたんだ。へぇ…。」 待っていたのがバレていた…バカな遼太に気づかれているとは、周りから見ても変な奴に見られているはず…。 髪も…耳が隠れるほど伸びている、遼太を取り巻く女子達に近い姿になりたいと思っていた。 この時の俺は何故か遼太の女になりたいという思考に憑りつかれていた。 彼には俺がどう見えるのだろう? 俺は花として彼に手折られるだけの価値があるのだろうか、それとも男に抱かれたいと欲情している気色悪い男として見ているのだろうか? 後戻り出来ない俺、遼太の言葉を待つだけだった。

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