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第27話 雪降る朝
「さむっ…。」
久しぶりに外に出て白い息を吐いた。
真冬の寒い朝、俺の家の前に広がる長く一本道な車道は雪で覆われて、朝から自宅前の雪かきに励む人達がチラホラ、灰色の空からは切手ほどの大きさの雪が静かに舞っている。
いや正確に言うと、昨日、母親に床屋に連れて行かれたから一日振りか。
正しくは一人で外に出たのが久しぶり、遼太の家から戻ってからは監禁よりの軟禁状態だった。
スマホもコートも靴も取り上げられて隠された。
ついでに自室も替えられた、あまり使っていない窓を開けると外塀がある暗い部屋が自室になった。
母親が父親に逃げられて、俺にまで逃げられたら隣近所に、どんな噂を立てられるのかと考えたのかもしれない。
連絡が取れない俺を心配してか、遼太が何度か尋ねて来ていたけど自室から出るなと言われていて、母親との話し声だけは聞いていた。
遼太に連絡しようにも彼の携帯番号を暗記してない、メモでも取っておけば良かった。
散々世話になっておきながら一度も連絡しない俺を、遼太は怒っているのか心配しているのか。
昨日で冬休みが終わり今日が始業式、早目に学校へ行って遼太が現れたら謝ろうと思った。
玄関を出てすぐに、冷たい風と雪が同時に頬を掠める。
ネックウォーマーで首元は温かいけど頭がすごく寒い。
母親同伴で床屋なんて行くから、今の俺はベリーショートになっている。
「今時、坊主はおかしいっすよ!野球部でもしないっすよ!」と床屋のオヤジが言ってくれたので坊主にはならずに済んだ。
床屋のオヤジも母親もベリーショートの俺を「可愛い!」とか言ってたけど、背が高くないから高2なのに見た目が限りなく中学生に寄っている。
不人気生徒会長が中学生に若返ってどうする、チビで威厳とかないのに増々バカ共に舐められるだけじゃないか。
ただでさえ不機嫌な顔をしていることが多いのに、顔を隠す髪が無いと不機嫌が丸分かり、暫くは俯いて過ごすしかない。
ダッフルコートのフードを目深に被り、ポケットに手を入れて俯き加減でバス停に向かって歩いていると「おはよ。」と言う声が聞こえて顔を上げた。
冬だけど既視感を感じる、家から出てすぐの歩道に見知った顔、何故ここに居るのかと固まる俺に大きなマフラーを巻いた遼太が笑顔で話しかけて来た。
「おう!意外と早かったな、もっと遅いと思ってた。」
「早くはないはず、今は7時前だけど。」
「そう、一緒に学校行こうかと思って、待ってた。」
「いつから居た?」
「ちょっと前。」
…ちょっと前じゃない、いつから居たんだよ。
コートにもマフラーにも雪が積もっているし…。
今は朝の7時前、俺は8時に家を出ても間に合うのに、いつから待っていたのか、何時間待つ気だったのか。
遼太の顔を見ると怒っては無さそう、彼の垂れ気味の目はいつもと同じく優し気で、一度も連絡を入れていない俺を責める風でもない。
彼に不義理の経緯を説明して謝罪をするはずだったが、何故か言葉が出ない。
目に入った遼太の肩に積もった雪を手で払っていると覆いかぶさるように抱き着いて来た。
朝で人気が少ないとはいえ、ほぼ自宅前、往来で男同士が抱き合うなんて「バカ!!離せ!」としか言いようがない。
密着する体を押しのけようとする俺の頭に遼太の声が降り注ぐ。
「生きてて良かった…。」
遼太は俺が死んだと思っていた?
死んでいるような生活はしていたけど、死んではいない。
死んではいないけど、生きてもいない。
心のままに生きてはいない、生きる勇気もない。
スマホが無くても、コートも靴も無くても、外が真冬でも逃げようと思えば逃げられた。
1時間くらい歩けば遼太の家へ行けた。
遼太が何度かウチに来た時、部屋から飛び出して逃げることも出来た。
気持ちは向いているのに行動に移せなかった。
不義理の罪滅ぼしでもないが、抵抗を止めて抱き着かれるままにギュウギュウと抱擁を受けていると「あ、ちょうど良かった」と声が聞こえ、遼太に止められたタクシーに押し込まれて、新学期早々からタクシーに乗って登校することになった。
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