「ああ、少し待って、もう少しこのまま。」 抱きかかえられたまま、今日泊まる客室に入った。 上機嫌の男爵がベットの上に俺を置く。 冷たくて重い装飾品を外そうとしていると呼び止められた。 指でキャンバスを作り片眼で俺を見る。 異国の姫君の衣装と煌びやかな装飾を身に着けた俺を目に焼き付けたいようだ。 ひとしきり眺めて満足気に言う。 「今日一番可愛かったのは君だね。」 男爵は俺を女の子扱いする。 そういう容姿をしているからしょうがないが、俺は男なので気持ち悪い。 貴族なのに軍人まがいの事を好む男爵は、多分男色の趣味がない。 俺に対する態度は子供と婦人に接する態度と変わらない。 不機嫌が顔に出ると嬉しそうにからかってくる。 「あれ？また怒ってる？」 反応すると増々からかってくるから、無視をする。 無言で装飾品を外しにかかった。 「ふふ。手伝うよ。」 重い装飾品がひとつひとつ剥がれていく。 最後に主催者から支給されている首輪を外された。 逃亡の意志を削ぐ為の、自分では外せない首輪。 鍵は雇用主が持っている。 ここに居る時は外してはいけないもの。 「朝ここを出る時付ければいいよ。逃げたければ逃げてもいい。」 逃げてもどこに行けば良いのか分からない。 男爵がまた俺をからかっている。 胸元を開けて膝に乗るように勧められた。 「ほらおいで、暖めてあげよう。」 発達した逞しい胸元。 大きい腕を広げ俺を待つ。 「いらない。」 素の自分が出てしまった。怒らない人だから。 「まあまあ、そんなこと言わずに。」 仕事だと自分に言い聞かせて腕に入った。 男爵が右手を動かす。 隣国との紛争地域で負傷し右腕大きな傷跡がある。 ここにいるのは療養中の暇つぶし。 「そろそろ、手も動くし戦場に戻ろうかな。貴族ごっこも飽きた。」 体温が伝わって来た。 男爵の独り言が心地よく響く。 「豚の情けない面も散々拝んだしね。最高に気持ちよかった。君のおかげだね。」 うとうと、し始める俺の額にキスをする。 「んー可愛いねぇ。」 顔を離そうする俺を見て笑い出す。 「一度ちゃんと言っておくけど、暴れるし、抵抗するし、すぐ不機嫌になるし。よくこの仕事してるね。見た目が良いから出来てると思うけど向いてないよ。」 年の割に雇用主が変わっている回数が多い。 自分でもよく分かっている。向いてないことは。 望んでしていることでないが、生きていく術として他に方法がない。 「また、怒っているね。図星だった？不器用いいじゃない。」 強く抱き寄せられて心臓の鼓動が耳に入る。 また独り言が始まる。 体温が伝わって来て意識が遠くなる。 「戦うの好きなんだよなぁ。戦場に戻りたい。君も連れて行こうか。」 …遠く…戦場…俺も？ 声が遠くなってきた。 「俺のそばで大人になりなよ。」 …そば…大人…？ 心地よい声と暖かさに包まれ俺は眠ってしまった。 この会合から戻って数日後、男爵は悪魔崇拝の容疑で拘束された。 それ以来、二度と会うことはなかった。 俺はシュミット伯爵に迎入れられ醜悪でおぞましい日々を過ごすことになる。