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第9話 耳飾り

「伯爵様、美しい方を迎入れられてお幸せですね。」 開会を告げる華やかな音楽と共に扉が開かれた。 綺羅綺羅と眩しい会場に伯爵に手を持たれ入る。 恭しく周囲に頭を下げる男爵の横には、雪の女王を意識した衣装の俺。 たくさんの着飾った貴族達が伯爵と俺を祝福してくれた。 平静な顔をしているが俺の心は最悪の状態。 こんな下らないことで大掛かりな場を設ける伯爵が気持ち悪い。 貴族達の伯爵に媚びを売る笑顔が気持ち悪い。 皆、俺がこの間まで男爵の愛妾だったことは知っているはず。 その男爵が今、拘束されていることも。 上機嫌で俺の横にいる伯爵も無実の人を陥れて罪の意識はないのか。 レリエルに背中を小突かれた。 「眉間にしわが寄ってるわよ。ちゃんとして。」 笑わなくてもいいけど不機嫌が出るのはダメらしい。 伯爵と結婚したわけでもないのに豪奢な椅子に並んで座らされ祝福の挨拶を受ける。 いい加減本当につまらなくなって来た。 何をしているんだろう俺は。 祝福される意味が分からない。 おまけに寒いし、耳飾りも痛いし、姿勢を崩すことも出来ないし。 上機嫌で笑っている伯爵は一向に席を立たない。 少しでも居なくなってくれれば体を伸ばすことも出来るのに。 客達が途切れることなく伯爵に挨拶に来る。 華やかな薄紫のドレスを身に纏った婦人が俺達の前に立った。 聞き覚えのある優雅なおっとりとした口調。 「伯爵様、なんて可愛らしい方を迎入れられたのでしょう。」 上機嫌の男爵と如才なく話す。 婦人の白い手袋に包まれた指が俺の頬に伸びた。 「深い碧色の瞳、濃い金の髪、陶磁器のような白い肌、なんて可愛らしい方、本当に羨ましく思いますわ。」 聞き覚えのある台詞を耳にして、男爵が拘束される前に話かけられた婦人だと気づいた。 「あら、耳飾りが少しずれておりますわ。直して差し上げましょう。」 耳飾りを直す婦人が耳元で小さく早く言う。 「彼は生きてるわよ。」 ガタッ…! 一番知りたかった事を告げられて反射的に体が動いた。 椅子から大きな音が出て、何事かと周りの視線が集まる。 後ろからレリエルの小さい舌打ちが聞こえた。 分かっている。俺は動いてはいけない。勝手に話してもいけない。 この婦人からもっと聞きたいこともあるのに。 今の俺に出来るのは婦人の瞳から真意を読み取ることだけ。 数秒婦人と見つめ合ったのち耳を優しく撫でられた。 婦人が何事もなかったかのようにおっとりした口調で言う。 「あら、ごめんなさいちょっと痛くしちゃったわね。ごめんなさい。」 動揺する俺を隠すように俺に背を向け伯爵に挨拶をする。 「それでは伯爵様、お幸せに。」 男爵が生きていて良かった。 俺にはどうすることも出来ないけど、生きててくれて嬉しい。 嬉しさと安堵で頭が下がる。 レリエルに肩を小突かれた。 「ミカエル。しっかり前見て。あら?少し微笑んでる?」 俺がどんな顔をしているかは分からないけど、多分ここに来て一番うれしい出来事だった。

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