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第20話 『カシエルの後悔』① イエロートパーズ・カシエル
「止められなかった…。俺は止めれたはずなのに…。」
シュミット伯爵の愛妾のひとりとして働くカシエル。
琥珀色の瞳が光の加減で金色に輝くことからイエロートパーズ・カシエルと名付けられている。
ミカエルが迎い入れられるまでは伯爵の第一寵姫と順位付けされていた。
彼の武器は人に警戒心を与えない人好きのする優しい笑顔と雇用主の心を瞬時に読み取り望み通り動くことが出来る聡さ。
表立って自分の賢さを表現することはないが、愚鈍な者を虚仮にするきらいがある。
かといって愚鈍さを窘めたり蔑んだりするわけでもない。少しだけからかうくらい。
賢い彼にとって、だいたいのことは自分の予想と計算の範疇。もし想定外のことが起きたとしても瞬時に最良の選択を選ぶことができる。
そんな彼は、今、自身の不甲斐なさに憤り静かに激しく怒っていた。
-王都イルハンから遥か北東の地方都市ザハール-
カシエルは貧農の末子として生まれる。
8歳になった時、口減らしとしてこの辺り一帯を治める貴族の屋敷に下働きとして入った。
年齢の割に聡い彼。人のよさそうな垂れ気味の目が愛嬌があると可愛がられた。
入ってほどなくして屋敷の女主人の目に留まる。
彼女の心を的確に読み、望んでいること如才なくこなす彼。
女主人の無くてはならない存在になった。
年齢があがり子供っぽさが消え、光の加減で金色に輝く瞳をもった美しい少年に成長する。
女主人の寵愛は増々深くなり、一日中付き従う形になる。
嫌な顔ひとつせず柔和な笑顔をたたえて過ごす彼。ある日転機が訪れた。
数年に一度ある王都の貴族による地方視察。貴族の滞留地として彼の主の屋敷が選ばれた。
出来うる限りのもてなしがされる。そうとは言っても王都の貴族と地方の貴族では財力がまるで違う。
心づくしのもてなしも鼻で笑われた。
囲っている愛妾の話になった。囲っている数を競い合う貴族達。
彼の女主人にも話が振られた。愛妾は彼一人だけだけど、とても可愛がっていると話す彼女。
田舎貴族の愛妾はどのようなものかと興味を持たれ彼が呼ばれた。
飛びぬけて美しいわけではないが、人を惹きつける笑顔が得意な彼。ウイットに富んだ話術も喜ばれた。
彼を見てシュミット伯爵の食指が動いた。半ば強引に長年慈しんでくれた女主人と別れることになった。
彼女の事は嫌いではなかった彼。
少しだけさみしさ感じながら自分に折り合いをつけた。
受け入れたくなくとも受け入れるしかない。
生涯行くことはないと思っていた王都。新天地を楽しもうと心を切り替えた。
伯爵の広大で豪奢な屋敷について早々に、使用人から白い少女用のドレスが手渡された。
身の回りの世話でもさせる為に連れて来られたと思っていた彼は若干困惑する。
今まで男として生きていた彼。髪も短く女装などしたこともない。
女主人に仕えていたことしかない彼。伯爵の嗜好が分かり気色悪く感じる。
似合いもしないドレスに着替え連れていかれた先は本邸から少し離された所にある別邸。
案内された先には自分が着ているものと同じ白いドレスを着た少女達がたくさんいた。
その数に驚きつつ彼は考える。
こんなにたくさんいるのに俺は必要なのか?
この中に混じれということか。
混じりたくなくとも混じるしかない。
もう後には戻れない。帰ることも出来ない。
覚悟を決めてここで生きるしかない。
女主人に可愛いと褒められた仕草をつくる。
小首をかしげて、ふんわりとした人好きのする優しい笑顔を中にいる少女達に向けた。
人のよさそうな垂れ気味の彼の目が少女達の警戒心なくさせる。
新しい仲間に興味を持った少女達が彼の元に集まって来た。
馴染めそうだと判断した使用人が壁にもたれ掛かって憮然とした表情を浮かべる黒髪の少女に声をかけた。
「後は、よろしくね、レリエル。」
「かしこまりました。」
黒髪の少女は使用人が去るとすぐに彼と向き合った。
彼より頭半分は背の高い彼女。彼のことを不機嫌そうにじろじろと眺めてから一言。
「不細工ね。どうして連れて来られたのかしら。」
田舎では可愛いと褒められていた彼。柔和な笑顔が若干引きつる。
初対面で人の容姿を否定する黒髪の少女は冷酷な雰囲気だけど、否定するだけあって彼が今まで見て来た女性の中で一番美しかった。
周りの少女達も整った顔の中に美しい瞳を持っていた。色とりどり美色の瞳を持った少女達。青・緑・赤・薄紫・シルバー・黒…珍しいオッドアイの少女もいた。琥珀色と評されていた彼の瞳はただの茶色と思われてもしかたなく、チャームポイントだった垂れ気味の目もここでは不具と評されても致し方ない。
容姿のことなど悩んだことがなかった彼。この美しい愛妾達と競うには自分は条件が悪いと感じ少し溜息をついた。
「まあ、いいわ名前決めるわよ。みんな集まって。」
黒髪の少女の掛け声で全員集合した。
まず彼の瞳が見つめられた。
「茶色?普通だね。」
「少し薄いからヘーゼルかな?」
「あっ、こっちから見ると金色に光って見えるよ。」
「ちょっと珍しいね、これで選ばれたのかな?」
色とりどり宝石が入った小箱を持ってきて彼の瞳と同色の石を探す。
光の加減で金色に光る黄色い石が選ばれた。
「これかな?イエロートパーズでいいんじゃない?」
「茶色の宝石ってないからね。」
「角度によってだけど金色に光るしね。」
「後は、今いるメンバーの名前一覧持ってきて。」
所々消された箇所がある一覧表が持ってこられた。
頭を寄せ合って皆で相談する。
「天使の名前って、なんで最後がだいたいエルなんだろうね。」
「どうする?たまには四大天使の名前使っちゃう?」
「それ使った子って早く消えるジンクスあるからね。やめとこう。」
「この前卒業した子と同じでいいじゃない?」
「めでたかったよね。賢い子だったし。」
もふもふした赤毛の少女が元気に手を上げた。
「レリエル決まったよ。彼の名前はイエロートパーズ・カシエルだよ。」
「ですって、よろしくね、カシエル。」
「はい。分かりました。」
ついて早々勝手に変な名前が決められた彼。
下らない所に来てしまったなと思いながらも柔和な笑顔は崩さなかった。
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