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第22話 『カシエルの後悔』③ 溜息
「下らない…。」
泣き叫ぶ少女の声を耳にしながら、カシエルは小さく呟いた。
急遽決まった夜伽。レリエルが約束を果たして、彼の同行が許可された。
彼の髪は伸びたとはいえ、頬を隠すまではいかない。同じ髪色の鬘を被った。
ブラウンの巻き髪の鬘。前髪を長めに下して清純で従順そうな少女が仕上がった。
呼ばれたのはレリエルとサンダルフォン、ラティエル。
カシエルはは勉強の為という理由で参加させてもらった。
はじめてなので、ちょっと緊張する彼。
以前仕えていた女主人は性的に彼を使うことは無かった。
カシエルも知識的に知っているが実体験はない。
レリエルに「いつもどうしてるの?」と聞いたら、彼は普通に引っぱたかれた。
暫くして彼女が苛ついた調子で教えてくれた。
要約すると、選ばれたら伯爵の好きなようにさせてあげれば良いとのことだった。
10人ほどいる少女達。彼女以外は女装した少年。
少女の様に見える少年と少年ぽい女の子が伯爵の好み。
男女問わず挿入行為はもちろんある。
覚悟は決めたとはいえ嫌悪感が拭いされない。
下品で下らないけど観察しなくてはならないと思った。
彼が初めて入った伯爵の寝室はとても広くて明るかった。
美しい調度品、ふかふかとした深紅の絨毯。そして天蓋付きの広くて大きなベット。
部屋の中央近くに置いてあった。
伯爵に選ばれなかった者はベットの周りで房事を眺める役目になる。
カシエルが溜息をつく。
見る方も見られる方も気まずいだろうに。
最悪な主の所へ来てしまった。
そうぼんやり考えて伯爵の到着を待っていると、仲間ではない少女を連れて入って来た。
…誰?呼ばれた愛妾達が注意を向けた。
4人の前を俯きかげんで歩く見知らぬ少女。その頬は涙で濡れている。
華やかなアッシュブロンドの少女、服装から素人の街娘。
伯爵は王都内の視察と表して食指が向いた少女を金品を渡し連れ帰ることがあった。
事前に伝えられていることが多い夜伽が急遽決まったのはこの為だった。
ベットに寝かされすすり泣く少女の声を聞きカシエルは思った。
美しいが為、この醜い男に見つけられてしまうとは。
せっかく綺麗なのに、なんという災難。
溜息をついたら隣にいるレリエルに抓られた。
始めは小さく泣いているだけの少女だったが、醜く太った初老の男に組み伏せられて顔を近づけられた時に悲鳴を上げた。泣き叫ぶ少女に嗜虐心を昂ぶらせ目を輝かせる男。顔を寄せ付けまいと抵抗する少女。
見るに堪えない光景に視線を逸らすカシエル。
ギャッ…!!
男の短い叫び声が聞こえた。
視線を二人に戻すと伯爵が頬を押さえている。頬に赤い筋が走っていることから強く引っかかれたようだ。
怯んだ伯着に少女が大きく叫んだ。
「離して!!帰る!!お金は返してもらって!!」
少女の激しい拒絶に怒った伯爵が手を上げる。馬乗りになられて容赦なく打ち付けられる大きな男の手。
豪華で優美な寝室には似つかわしくない少女の絶叫。
抵抗を止めない少女の細い首に手が掛けられた。
締め上げられて増々泣き叫ぶ少女。
「下らない…。」
泣き叫ぶ少女の声を耳にしながら、カシエルは小さく呟いた。
「下らない」彼がここに来てから何度も思い、呟いた言葉。
価値がなく、ばからしいという意味。
それは、この醜悪な主人のことなのか、抗うことなく生きてるだけの自分のことなのか。
苦しさから激しく手足をバタつかせる彼女、幾人もの人が見ているが誰も止めない。人道的に反していても主への反抗は自身の命の危機に直結する。
カシエルが唇に指を置き猶予がない中で思案する。
この状況で伯爵の興味を自分向けれる可能性は低い。
すぐに答えが出た。ここに来た目的を忘れてはいけない。自分の命を危険に晒してまで少女を助ける義理もない。
このまま見過ごすの自身にとって最良の選択。
冷酷な判断下す彼。
いよいよ少女悲鳴が小さくなり、抵抗の動きも弱まってきた。
「下らない…。」
彼はまた小さく溜息をついて呟いた。
主人に呼ばれない限り近づてはいけないベット。
彼はつかつかと歩みよった。
力強く少女の首を押さえる手を掴み、女主人に可愛いと褒められた仕草をつくる。
小首をかしげて人好きのする優しい笑顔を見せた。
伯爵への非難など微塵も感じさせない琥珀色の瞳で彼を見つめる。
切なげにゆっくりと優しい声音で話しかけた。
「伯爵様、このようなただ五月蠅い者を相手になさるより、貴方様をお慕いしている私をお召しになっていただけませんか?」
その姿、仕草、声音は本当に愛されていると錯覚するほど完璧なものだった。
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