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第40話 黒猫① セーレ×ミカエル
愛妾名ブルーサファイア・ミカエルことミカエルは退屈していた。
西の端の別邸、二階に位置するバルコニーからは頻繁に外を眺める金糸の少女が見られるようになった。
窓の外の日差しがだいぶ暖かく明るくなった頃、俺はやっと起き上げるようになった。
右足首の足枷とそこから伸びる金の鎖、俺に逃げる気持ちがないに何故ここまでするのか。
西の端の別邸で一番良い寝室をあてがわれているが、別に部屋が良くても嬉しくない。
日に何度か仲間達が世話をしに来てくれるけど、それ以外はずっと独りでで憂鬱になって来た。
随分よく寝たから眠ることも出来ない。幸いベッドの足と俺の足首を繋ぐ鎖が長いのでバルコニーに出ることは出来た。
外の風に当たって周囲を眺めることだけが、唯一の自由と楽しみ。
籠の鳥のような状態がいつまで続くのか?仲間と同じ部屋で過ごせた日々の方が、まだ良かった。自分から話すことは無かったけれど、同年代と暮らしていた時の方が今よりずっと楽しかった。
溜息を付いて部屋に戻ろうとした時、足に艶々とした感触を感じ視線を落とすと黒猫が一匹すり寄っていた。
二階なのにどうやってここまで上がって来れたのか不思議だったが、人懐っこく擦り寄って来るので頭を撫でてやると「にぁーん」と返事をした。
スリスリと寄ってくる黒猫は短毛で触ると艶めいた毛並み、毛に指を埋めた触り心地が良くて膝の上に載せて、ずっと撫でていた。窓から降り注ぐ春近い日差しが暖かくて、そのまま床の上で眠ってしまった。
ザラザラとした舌が頬に当たる、くすぐったい感触に目を覚ますと黒猫が顔を舐めていた。
琥珀色とも金色とも見える瞳の黒猫と目が合うと、額をグリグリと押し付けて来た。
起き上がろうとする俺を「まだ寝てろ」と言う風に額を押し付けて来るので、そのまま温かい黒猫を抱きながら寝てしまった。
そんな日々が暫く続き、久しぶりに深夜に悪魔が現れた。
人間の姿をしている時と悪魔の姿をしている時があるけど、角と牙が有り無しくらいで見た目はあまり変わらない。
今日は悪魔の姿、顎を指で持ち上げられて爪が黒くて鋭い事に気が付いた。
いつもながら上機嫌でおしゃべりな悪魔、俺の動きを確認したいらしく「立って」「座って」「手を上げて」と言ってくる。
最後に左目の包帯を解いて「目を開けてみて」と言ってきた。開けてはみたけど何も映さなかったので「見えないよ」と言うと少し残念そうな顔をした。
「難しい場所だから時間がかかるのよね」と呟いて抱き寄せられた。まだあまり大きくない俺は、大人で背の高い悪魔に抱き着かれるとすっぽりと埋まってしまう。抱きかかえられた頭と髪の毛に悪魔の指が埋まる感触、少し嫌な予感がしてきた。
長い腕が俺の背中に十字に回り頭にスリスリと悪魔のの顎か顔が摺り寄せられた。
ここ最近よくされていた仕草によく似ている…、まさかと思うが顔を上げて聞いてみた。
「猫…黒猫…って、お前…?」
「お前って…セーレって呼んでよ。」
「…!、黒猫はセーレだったのか?」
「…さぁ?」
笑いながらはぐらかして来てイラついた。よくよく考えてみれば黒猫は懐いている感じでペロペロと舐めて来たし、黒猫が来ていた時は夜に悪魔は来なかった。退屈していたとはいえ、日がな一緒に居た、黒猫が可愛いと思っていたけど、結果的に俺を騙していたかもしれない悪魔に腹が立った。
騙されて不機嫌な顔を悪魔に向けたら、バルコニーから差し込む月光に照らされて、嬉しそうに目を細る金色の瞳が目に入った。
にっこり笑いながら「にぁーんって、楽しかったわ。」と言って、騙されてイラつき暴れる俺を抱き寄せて、思いついた風に言った。
「もう、大分元気そうね。そろそろ対価が欲しいんだけど。」
…対価、そう言えば約束していた。
俺が払えるものは「体」か「魂」のみ。
「魂で払う」と言ったら「いらない」と返されて、「体」で払うことになった。
嫌でしょうがないが約束だから仕方ない。
この悪魔も男なのに男の俺を抱いて、何が楽しいんだろうと思った。
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