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第41話 黒猫② 傷跡

「体」で払うんなら、しょうがないと悪魔に好きなようにさせていたが途中で堪えられなくなった。 俺に覆いかぶさって好き放題する上機嫌な悪魔の山羊角を掴んでしまった。 ややつり目の悪魔、大きく瞳を開いて顔を近づけて来て不思議そうに聞く。 「あら?どうしたの?」 「もういい…くすぐったいだけだからやめろ。」 「えっ、くすぐったい?」 「そう!」 ベッドの上で顔を見合す悪魔と俺、半脱ぎ状態で結構な時間「可愛い」とか「大好き」とか言われながら、キスされたり舐められたりしていた。 ぞわぞわするだけだし、性交自体が好きじゃないから、早く終わらせて欲しい。 後は上機嫌な悪魔から伝えられる俺への好意が面倒だった。 俺に恋愛感情を持たれても、はっきり言って困る。仕事だから付き合っているワケで、男で悪魔なのは受け入れられない。 この悪魔は、俺の見かけに何か勘違いしている。綺麗に見えるだけで俺は全然清らかではない。雇用主は何人も変わっているし、思い出したくもない記憶もたくさんある。 全裸になるのは好きではないが、俺に夢を持つんじゃなくって、現実を見て欲しかった。 顔は傷つけられなかったけど、体には嗜虐嗜好を持った雇用主に付けられた傷跡が無数にある。 月明りだけで見えるかどうか分からないから「見える?」と言って背中を向けた。 見せたのは何年か前に付けられた大きな傷跡。 自分では直視したことはないけど、仲間とお風呂に入っている時に驚かれたくらいだから余程酷いのだろう。今は痛くはないが、当時は仰向けで眠ることが出来なかった。 俺なんか別に大切に扱う必要もなく、好きに抱いてさっさと解放して欲しいという意味で傷跡を見せた。 傷跡がある付近を悪魔の指がなぞる。俺の肩越しに見える悪魔の黒髪を見て、見てることを確認して話しかけた。 「分かった?俺は全然きれいな体じゃないってこと。別に初めてでもないんだから、さっさと終わらせてよ。」 ちょっと冷たいかなと思いつつ、悪魔の方に体を向けようすると二の腕を強く掴まれた。 強い力に驚いて彼の方を見ると緩く波打つ黒髪が小刻みに揺れている。面倒くさいことに怒らせてしまったよう、黙って人形に徹していれば良かった。人の機嫌を取るのは苦手なのに自分から面倒なことをしてしまった。 どう機嫌をとろうかと考えていると悪魔の震える声が耳に入った。 振り向くと、すごく激高している。 「誰よ…。」 「えっ?」 「誰がやったのか言ってごらんなさい。ここの豚?」 「ちがう。随分まえだから、もう忘れた。」 「忘れるワケないでしょ!言いなさい!!」 「知ってどうするの?」 「ブッ殺してきてあげるわ!!!」 いつも上機嫌か気怠い様子しか見せない悪魔の激高ぶりに驚く俺、「殺す」とか物騒な事叫んでいるし落ち着かせようとした。 「ちょっと待ってセーレ、何を怒っているの?」 「怒るに決まってるじゃないっ!!こんな大きな傷っ!!今すぐ殺して来てあげるから言いなさい!!」 「俺は、今は痛くないし怒ってないから、殺さなくていいよ。」 「庇うの?」 「庇ってない。誰かも忘れたし。」 「へぇ……。」 そういうと俺の額に自分の額を押し付けてきて暫くして「コイツね」と言った。 「…中年、酷薄そうな瞳…白髪交じりの茶髪、しなる鞭と赤く舞う血…地下室?拷問用具…他にも年若い少年、中庭…?井戸、裏口かしら?建物…まあそれなりに大きいわね。高い塀…その上に鼠返し…、貴族?富豪…?十字架の粗末な墓標…、揺れる赤と白の薔薇…。」 悪魔の口から呟かれる言葉は思い出したくない俺の記憶の断片、記憶を読まれているようだ。嗜虐嗜好の雇用主が望む反応をしなくなった俺は早々に売り飛ばされた。あのまま長くいたら死んでいたかもしれない。他に居た子達は今も生きているのだろうか。 額を離そうする俺に激高したままの悪魔が物騒な事を言う。 「やっぱりブッ殺してきてあげるわ。」 「なんで?いいよ。」 「よくないわよ。」 「本当にいいって…。」 俺がいいって言ってるのに悪魔が身支度を整えだして、悪うそうで嬉しそうな顔を向ける。 「人間のくせに、神か悪魔にでもなったつもりのような奴の許しを請う泣き顔って最高にゾクゾクするのよね。先にこの男で気持ち良くなってくるわ、君はその後よ…。」 俺の敵討ちに行くのか、自分の趣味で行くのかは分からないけど悪魔は極上の笑顔を残して月光に溶けた。 裸のまま残された俺、背中にある傷痕に触れると痛みはないが少し膨らんでいる感触がした。 この傷跡は自分の境遇を受け入れて屈服した証、悪い思いは持っていない。 碌でもない雇用主が悪いのか、そんな雇用主にでも飼われなきゃ生きていけない俺が悪いのか。 世の中は悪いもので溢れている。 悪魔が俺に向けてくる好意とも恋ともいえる感情を受け入れられない自分。 分かり過ぎほど好かれているのに応えたくない自分は悪いと思った。

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