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第46話 黒猫⑦ 解かれた薔薇 ♥
「あら、素敵じゃない。」
伯爵本邸の客室用寝室は薔薇の咲く季節でもないのに赤・白・桃の花びらが散りばめられていた。
温室で育てられていたであろう薔薇達は解かれて甘美な芳香を放っている。
白いローブを羽織り、山羊角ごと濡れた黒髪をタオルで拭くセーレはすごく上機嫌でうれしそう、豪奢な天蓋付きのベッドに座り呟いた。
「あの豚は醜いけど、美しい物が好きよね。嫌いだけど、この演出は褒めてあげたいわ。」
美しい物が好きな伯爵、権力と財力を使い欲しい物は全て手に入れようとする。俺もその物のひとつ、俺を迎入れる為に伯爵は前雇用主の男爵に悪魔崇拝の容疑をかけた。彼は今、無実の罪で投獄されている。
手招きされて彼の前に立つとにっこり笑って「可愛らしいわ」と言われるが、うれしくはない。
ほぼ毎日来ているのに、俺を対価に選ばなくてもいいのではないかと思った。悪魔の考えていることはよく分からなくて顔が曇る。
「なんで自分がとか思っているの?」
「そう、内緒でよく来ているよね。」
「そうね、君を豚の対価に選ばなくてもアタシが会おうと思えば会えるのよ。黒猫ちゃんになってでもね。昨日は豚に召喚されてイラついたけど、コソコソしないで君に会えるのから良いと思ったのよ。」
「伯爵の願いは何?」
「政敵の抹殺かしら?前もそうだったのよ。」
「抹殺?殺すの?」
「そうなるわね、邪魔でしょうがないみたいよ。」
ややつり上がった目を細めてにっこりと答える悪魔、下らない対価と引き換えに殺人を請け負っているのに。
俺が殺すのは止めてくれと願えば止めてくれるのだろうか。
「どうしたの?」という優しい声に顔を上げると何も罪悪感も感じていない顔を向けられて、こんなに優しい顔をしているのに悪魔なんだと分からせられたような気がした。
「楽しみましょ。」と告げられて薔薇の花びら舞う白いシーツに体を引き込まれた。
真珠の首飾りが頬を掠め、身を飾る宝飾品が重く冷たく痛い。
上機嫌な悪魔が優美な仕草で唇を合わせ、素肌の方が多い体は彼の温かな体温に包まれた。
雇用主の対価として支払われた、この体は彼に対して従順で在らねばならない。
例えそれがこれから行われるであろう殺人という重罪に加担することになっても抗ってはいけない。
重ねられた唇は甘やかな温もりを伝え、少しずつ開かせていく。
吐息と共に受け入れた舌の感触に体が震え、反応を楽しむかのように深く浸食されて息が荒くなる。
身に纏うものを解かれ、最後に左目を覆う眼帯を外され縫い合わされた傷跡を指でなぞる。
光を映す俺の右目に映るのは甘く優しく微笑む美しい悪魔。
罪なき人を殺す悪魔は嫌い。
でも、彼は優しく温かい。
心は冷えているのに、体は温かさを悦んでいる。
罪深い事に加担しているのが分かっているのに、悦ぶ体の浅ましさに嫌悪が走る。
供物としての役割は彼を従順に受け入れるだけで良いのに。
俺に要らないのは心なのか体なのか。
彼は受け入れても、自身の官能は受け入れたくないのに。
撫でまわされ、舐められて熱く解けていく体、開かれた先にある窪みは抗うことも無く熱持つ杭を飲み込んで行き快楽を伝えてくる。
抽挿の都度に吐いてしまう吐息を押さえていた両の手は彼の劣情を妨げる不要なものとし、頭上に拘束され蕩けているであろう顔を眺めようとしてくる。
もう十分役目は果たしているはず、早く激しい律動のままに精を吐き出して欲しい。
顔を背けその時を待っている俺の耳に「もう、終わりよ。」との声、やっと解放されると安堵した刹那、後孔に埋められた杭は深く最奥を窺い、吐息が震え開いた口腔に赤く熱い舌が滑り込まれ、抗いようもない熱に体が震えた。
罪悪感、背徳、心など無くなってしまえば良いのに…。
抗えない欲望に首を横に振りたくなるも、口から漏れた諦念の溜息に自分の心を知った。
押さえつけられていた両の手を彼の首に回し、浅ましくももっと突いて欲しいと懇願する。
突き上げてくる、狂わしいまでの欲求は淫らな声を吐かせ続け、戻らない理性を置き去りにして最期を迎えた。
絶えそうな息の中、瞳に映ったのは解かれた薔薇。
朝になれば役目を果たし終えることが出来る薔薇を羨ましく思った。
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