目が覚めると悪魔は居なくて、役目を果たし終わり芳香を失いつつある薔薇達と共に肌を晒した俺が残されていた。 衣服を身に着け迎えを待っていいると、ほどなくして殿医と使用人を伴った伯爵が現れた。 立ち上がり挨拶をする俺に駆け寄り、真剣な様子で問いかける。 「昨夜は、ご苦労ミカエルよ。首尾の方は如何程だったのか、対価に相応しい働きはしたのか。」 正直答えたくもないが「ご期待に沿えるよう努めさせて頂きました。」と答えると殿医に目配せをする。 白髪の殿医が俺に近づき「検めさせてもらいますぞ。」と言い恐ろしい事に服に手を伸ばしてきた。 これ以上辱めは受けたくないと伯爵に向かって叫んだ。 「伯爵様、このようなことをされなくとも大丈夫でございます。ご安心下さいませ。」 「いやいや、ミカエルを疑っておる訳じゃない。悪魔が約束を違えない為に見させてもうらうだけだ。」 契約を反故にされない為とはいえ情事の後を確認するとは悪趣味極まりない。 堪らず近づく手を撥ね退けて、昨夜外した装飾品を手あたり次第に投げつけた。 真珠の首飾りが音を立てて散らばると同時に複数の使用人の手で床に押さえつけられてしまった。 俯せに四肢を押さえられて身動きが取れない中、衣服を暴かれて人目に触れられたくない箇所を晒すことになった。 深紅の絨毯の上を純白の真珠が揺蕩い、俺の心も暗く揺蕩い始める。 殿医から伯爵様、悪魔は本懐を遂げておりますぞ」と嬉し気な声が上がり拘束は解かれた。 昨夜は辛うじて零れなかった涙が止まらない。 髪を撫でられ顔を上げると欲望が滾る目をした伯爵が醜く息を荒げながら俺に言う。 「よくやったぞ、私の美しいミカエル。さぞ怖かったであろう、今度は私が清めてあげようぞ。」 悍ましさに声も上げられぬままにベッドに引き込まれ、悪魔の痕跡消すかのように精を吐き出された。 独り残されて、解かれた薔薇が鼻先を掠め残滓の香りに苛立つ。 こうまでされて尚、薔薇の香りに心と体が喜んでいる。 殺人に加担し、尊厳もなく辱められるだけの体。 抗うことが許されないからと言い訳をし、醜さを隠そうともしない心。 要らない…何もかも… 心も体も全部要らない… 溶けて消えて形を成さず、心など無い物になりたい… 西の端の別邸に戻り、虚ろなまま夜を迎えた。 悪魔に頼み事があって起きていたが待っている途中で眠ってしまった。 温かさと良い匂いに気づいて目を開けると悪魔が勝手にベットに入ってきて眠っている。 勝手に入ってきて気持ちよさそうに寝ている悪魔の山羊角を揺らして起こした。 気怠る気に悪魔が目を覚まし、獣の牙を覗かせながら口を開く。 「んあ？何？どうしたの？」 「頼みごとがある。生きていたくないんだ。叶えてくれ。」 「んー？死にたいってこと？人間なんてほっとけば普通に死ぬから大丈夫よ。」 「いつかじゃなくって、今!!」 「えー？今は働きたくないから無理。」 腹が立って頬を強めに叩いたら起き上がってくれた。 叩かれた頬を押さえながら言う。 「いったぁあいっ!!寝ぼけて言ってたんじゃないの？」 「俺は本気!!」 胡坐を組んでダルそうに俺の顔を見ながら「今時のガキはホント死にたがりよね、思春期？面倒くさいわ」とブツブツ呟く。 頭をバリバリ掻きながら眉間にシワを寄せて怒り気味。 「君が死ぬとアタシが楽しくないから無理!!」 「お前の楽しみで生きているんじゃない!!」 「無理!!無理!!無理!!無理ぃぃぃ!!」 不毛な言い争いの末、悪魔が俺の耳元で囁いた。 「ホントにダメそうだったら、ちゃんと殺してあげるわ。」 「それが今だって!!」と叫んでいる途中に「眠れ、思春期のガキ!!」と叫び返されて眠らされてしまった。 全然納得がいかないまま、昼は普通に黒猫が来るし夜は悪魔が勝手に寝てるし、何か段々とどうでもよくなった。 「ホントにダメそうな時、殺してくれる」と言う悪魔の殺す判断基準はよく分からないが、きっとその時は彼が天使に見えるんだろうと想像した。 俺の悪魔は『優しい悪魔』、最期の時は共に過ごしてくれると言う。