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第62話 〔長い夜の秘め事〕⑥ 赤色の瞳
「ボクを憐れと思うなら…愛して…。」
彼の赤色の瞳が見つめる先に居たのは僕ではなかった。
2年になろうとする頃には、やっとザリタスの肩くらいの背丈になり、手足も伸び、短かった赤毛は、もふもふと背中を隠すくらいになった。
娼館のキャスト達にも「大きくなったね」とか「キレイになって来たね」と褒められて嬉しい僕。
褒められて嬉しいから、自分の姿を鏡で確認する。
もふもふした鮮やかな赤毛、白い肌、青みがかったシルバーの瞳、そして幸せそうな顔をしている。
娼館に連れて来られた時は緊張して怖かったけど、毎日やさしいザリタスと一緒にいて心が落ち着いた。
幸せだけど気になることはあった。
僕の背は伸びたのにザリタスは年若いまま、縁の無い丸眼鏡を外すともっと年若く見えた。
彼のブラウンの瞳は時折寂し気で、体を大きく見せようとして着ている大振りな白衣に包まれた背中は小さく元気がないことも多かった。
ザリタスの元気が無くなるのは調整の仕事をした後か経営者アルドロスが現れた時、特に調整の仕事をした後は、暫くは虚ろな様子になり横になって眠るか、椅子に座って目を閉じてじっとしている。
その日は朝から雨が強く降っていて、天気が良くなる気配が見えない日だった。
店に客が入りそうもない雨の日は経営者アルドロスが心に不満を抱えるキャストを大勢連れて来る。
話しを聞くだけの軽い調整と、ザリタスが身を挺して行う強い調整が幾件か続き、終わった頃には日も暮れかかっていた。
疲れを見せて口数も少なくなるザリタス、倒れ込むように調整室の隅にある仮眠用のベッド横たわった。
僕は朝から忙しくて彼に構って貰えていないので、寂しくもあり、彼が病気になったんではないかと不安になった。
元気を出してもらおうと彼の手を自分の頬に当てた。
固く目を閉じているザリタスの手は、あまり大きくも無いから僕の頬には丁度良い大きさ、スリスリと頬を摺り寄せた。
ほどなく何故か体がピクンと震え、頬が上気するのが分かった。
少しひんやりしている彼の手が頬を滑ると心地好く幸せな気分になった。
徐々に思考の全てが彼への愛しさに支配され始めた。
閉じたブラウンの瞳が僕を見てくれれば良いのに。
起きて「リリィは、可愛いね。」と言って欲しい。
彼は愛しい存在、震えるほどに彼が欲しい…。
ザリタスが欲しいと思う衝動が抑えられなくなり、眠る彼の唇に唇を重ねた。
それでも沸き起こる衝動が止まらない、彼を愛しいと思うままに、横たわる彼の腹に馬乗りになった。
眼下にあるのは意識を失くしたかの様に眠るザリタスの体、彼を支配している感覚で充足感が溢れ蕩けそうになる。
ああ、この次はどうすれは…。
上気し蕩けきった思考と体、愛しくて堪らない眠る彼の体に覆いかぶさり体を摺り寄せた。
ブラウンのクセっ毛に指を絡ませ、唇を重ねていると「リリィ…」と名を呼び声が聞こえ、嬉しくて顔を覗き込んだ。
虚ろなブラウンの瞳に僕が映る、彼の瞳の中の僕は嬉しそうに微笑んでいる。
嬉しくて飛びつこうとする僕にザリタスは顔を背け、力が入らない腕で引き剥がそうとする。
荒い息を吐きながら苦し気に言葉を発した。
「リリィ、ダメ…離れて…危ない…。」
「僕はザリタスが好き!すごく好き!」
「ボクもリリィが好き…、可愛い…、だから離れて…。」
「どうして?好きなら抱きしめて、可愛がって!」
僕の訴えにザリタスが苦悶の表情を浮かべ、両の手を顔に強く押し当てから眼鏡を外した。
眼鏡を外すと少年の様に見えるザリタス。
静かに開かれた瞳はブラウンでは無く、赤色。
濃く深い赤色の瞳に僕が映り、突如、彼の供物になれる喜びが体に溢れてきた。
身を起こした彼が僕の二の腕を掴み、顔が近づく。
合わさる唇、彼を受け入れようと開く口元。
口内に入り込む甘美な浸食に気が遠くなりつつある僕の耳に、壁を叩く音と怒気を孕んだ声が遠く聞こえた。
「偉そうに説教を垂れながら、腹が空くと結局はこの様か!どんなに取り繕おうと獣なんだよお前は!!」
荒く引き剥がされるザリタスと僕、力なく倒れる僕の目に入ったのは怒れる経営者アルドロス。
後に知った事だけど、ザリタスは人間を愛しと共存しようとしていたインキュバスだった。
インキュバスの力の一つは人間の精力を奪い自身の養分とする事と、もう一つは自身の養分を人間に分け与え性愛の魅力を授ける力だった。
飢餓状態の時は赤色の瞳が現れ、理性が本能に凌駕し死に至らせるまで精力を奪うこともあり、成人を迎えていない体は精力が少なく簡単に吸い尽くされて死んでしまうらしい。
この日の出来事は、朝から請われるままに養分を分け与えた彼が飢餓に陥った状態だった。
赤色の瞳を妖しく輝かせたザリタスがアルドロスに悲し気に訴える。
「すぐに来てくれないアルドロスが悪い…、今日ボクがこうなるのは分かっていたはず…、ボクが欲しいのはずっとアルドロスだけ…。」
「いつまでも、いつまでも、変わらないな。」
「ボクは変わりようがない…。」
「憐れだな。」
「ボクを憐れと思うなら…愛して…。」
ザリタスの懇願にアルドロスが忌々し気に上着を脱ぎ棄てて、手荒く押し倒す。
大きな体に組せられる細い肢体、赤色の瞳は閉じることなくアルドロスを見つめている。
遠くなる意識、僕の霞む目に映ったのは足を広げ、切なげな嬌声を上げるザリタスだった。
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