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第65話 〔長い夜の秘め事〕⑨ 傾国の美女

「どうだい?綺麗だろう?」 僕にそう問いかけるのは傾国と評しても良い美女。 鮮やかな緑の瞳は明確な強い意志を持っていて吸い込まれるようだった。 王都貴族の視察日の早朝、アルドロスが元気に満ち満ちた様子で調整室に現れた。 まだ寝起きの僕を部屋からつまみ出し、ザリタスと二人で調整室の中でゴソゴソと物音を立てること半時。 勢いよくドアが開き、ドアにもたれ掛かって二度寝しようとしていた僕が押し出されて、転がった末に目に入ったのは、輝くばかりの美しい女性。 緩く波打つ黒髪がふんわりと長く肩を隠し、健康的な肌が弾ける様に眩しい、大きな緑の瞳は綺羅綺羅と輝いている。 健やかな若さに妖艶が加わりミステイクでミステリアスな美女に目が離せない。 これがオッサンだったアルドロスが変身した姿? 美女の形の良い赤い唇が開き、アルドロスの男にしては甲高い声が発せられる。 「どうだい?綺麗だろう?」 僕にそう問いかけるのは傾国と評しても良い美女。 鮮やかな緑の瞳は明確な強い意志を持っていて吸い込まれるようだった。 コクコクと頷く僕の頭を「良い子。」と言いながらワシワシ撫でて、「今日の為に奮発したドレスを着るぞ!」と鼻息荒く廊下を走って行った。 望み通りの容姿に変貌したアルドロスはすごく嬉しそうだった。 ザリタスは?倒れてなければいいなとドアを開けて覗くと意外と普通、倒れたりとかぐったりしてはいない。 昨日、養分とか栄養とか取ったからかな? 僕が覗いていることに気が付いて「リリィ、僕達も着替えよっか。」と元気そうに言ってくれるから、嬉しくて飛びついた。 いつもは白衣だけど、今日は従業員と同じ黒服を着るザリタス、僕も同じく黒服に身を包む。 僕は長く伸びた赤毛を後ろに一本に結い、ザリタスはブラウンのクセっ毛を髪油で整える。 髪の色は違うけど、お揃いの黒服を着た僕達は兄弟の様、うまく結べない紐タイをザリタスが器用に整えてくれて準備が整った。 調整室から出てすぐにある裏庭、見上げると初夏というにはまだ早い爽やかで明るい空、今日は最良の日と予感させるほどに明るい空。 朝食を取る為に食堂へ向かう僕達、手を繋いでくれるザリタスを見上げて言った。 「アルドロスは、すごくきれいだったよ。」 「ふふ、彼女が変身したアルドロスってことは内緒だよ、今日はアルドロスの妹と言う設定らしいよ。」 「変なの、みんな誰って言うよね。」 「ぷっ!普通にアンタは誰?だね、変だよね?でもロザリーとエルダも口裏を合わせてくれるらしいから大丈夫って言ってた。」 「それって枯れない薔薇のおね―さん達?」 「そうだよ、長く一緒に居るから仲が良いんだよ、あの三人は。」 「へぇ…、そうなんだ…。」 三人は仲が良い? 昨日、枯れない薔薇のおねーさん達はザリタスを巡って取っ組み合いしてたし、アルドロスを早く死ねと言っていた。 本当は仲良くない、三人の仲が良くないことを知らないのはザリタスだけか。 まあ、好きな人には自分の良い面だけを見せたいもの、そうするとアルドロスの自分勝手な態度は何? ザリタスのコト嫌いなのかな? そして、ワガママ放題をされても許すザリタスは何? 大人達の関係はよく分からないと考えている内に食堂に着き、暫くするとぞくぞくとキャスト達が集まってきた。 朝早いのでみんな眠そうで気怠そう、いつもはまだ眠っている時間だから。 用意された朝食にも手を付けずにテーブルに突っ伏して寝ている人もいる、ザリタスの隣に座りパンを口に入れていると室内が騒めき出した。 顔上げて騒めきの方へ視線を向けると枯れない薔薇のおねーさん達を後ろに従えて、胸を張って歩く美女に変身したアルドロス。 瞳の色と合わせた光沢のある緑色のドレスに身を包み、挑戦的な視線を皆に向ける。 肩と胸元を広く開けたドレスが艶めかしくも健やか、細い首にダイヤモンド敷き詰めたチョーカーを巻き、ペンダントトップの大振りなペリドットが緑の光を放って眩しい。 突然現れた見慣れない美女に皆が驚くも目を離せない。 皆の注目を浴び、至極満たされた様子でアルドロスが口を開いた。 「私はアルドロスの妹、アリエッタだ。本日は兄に変わりアンデルセンのマスターとして努めさせて頂く、皆、私の言葉をアルドロスの言葉と思い従いなさい。」 突然現れたアルドロスの妹に騒めきが止まらない中、美女に変身したアルドロスが続ける。 「産み落とされた場所が違うだけで、同じ人間なのに何故こうも境遇が違うのかを私は常々考え、憤っている。しかしだ、私達は美しい、美しさに出自など関係ない、美しき者こそ強者。本日は美しき強者として、王都貴族様方を魅了し跪かせようぞ!」 傾国の美女の口から発せられるのはアルドロスの力強い張りのある声。 僕達は頼るものも無く身ひとつで生き抜かなければならない。 明日など分からない身の上、ただ幸いなことに僕達は美しい。 美しき者こそ強者、アルドロスは不遇な境遇を嘆かず前を向き誇りを持てと僕達に伝えている。 アルドロスの発する熱さが伝わり、皆が高揚して行く中、高らかに宣言する。 「今生で見る最上の美は、ここアンデルセンにあり!生涯忘れえぬ記憶を私達が奴等に刻もうではないか!」 蔑まれるばかりの僕達に突如与えられた最高の舞台が、今、始まろうとしている。 興奮のあまり皆が総立ちになり拍手が鳴りやまない。 胸が高鳴り高揚する中、隣にいるザリタスに目を向けると蕩けそうな目でアルドロスを見つめている。 ザリタスが幸せそうで嬉しくもあるけど、皆を昂ぶらせ強烈な光を発するアルドロスに僕は嫉妬をした。

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