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第66話 〔長い夜の秘め事〕⑩ 招かざる客

いよいよ、扉が開かれた。 開いた扉の先に居たのは招かざる客だった。 王都貴族達による国内視察は定期的に開催されている。 視察と言っても真面目なものではない、暇な貴族達の物見遊山な観光目的、視察に指定された場所や地方は訪れた貴族達を総力を上げてでもてなさなければならないという決まりがある。 政情が不安定な時や天災が多い年に視察に選ばれるのが王都繁華街、指定されたの十年振りらしく街中が活気に溢れていた。 もし店が贔屓になれば潤い、視察に訪れた貴族達の目に止まり愛妾になれば、今よりは良い暮らしが出来る可能性がある。 そんなワケで元々活気のある華やかな街だが、今日の街の盛り上がり方は普段の比ではない。 うちの店で一番盛り上がっているのが美女に変身したアルドロスで、皆に「私が一番綺麗だろう」と子供のように聞いて回っている。 僕に何度目か聞きに来た時、上機嫌な様子で「リリィは私が階段を下りる時のナイト役になっておくれよ。」と言われ頷いた。 夕刻が迫り街に華やかな灯り始め、いよいよ王都貴族達の視察の時刻になった。 一階から伸びる幅広い階段、その上の舞台にある玉座と見立てた豪奢な椅子にアルドロスがふんぞり返って座る。 枯れない薔薇のロザリーとエルダが彼の両脇に立ち、僕は舞台裾でアルドロスの指示を待っている。 階下には出迎え時に演奏する音楽隊、黒服の従業員たちが整然と並び、その中にザリタスも混ざっていて目が合って思わず手を振った。 吹き抜けの天井を囲む様に作られている娼館、2階、3階には美しく着飾ったキャスト達が花びらが詰まった籠を持ち待機している。 外からから幾台もの馬車が止まる音が聞こえ、いよいよ視察の貴族達が入ってくるよう、扉が開くと同時に音楽隊が歓迎の音楽を奏で、キャスト達が上階より花びらを振りまく手はず、客人を待ち受けるのはマスターとして玉座に座る緑色の瞳が美しい美女に変身したアルドロス、扉を見つめる彼の横顔から高揚が見て取れる。 ―扉が開かれた―― 緊張で皆が息を飲む。 しかし、入ってきた客人の姿に違和感、違和感、違和感…。 目が何度も入ってきた者達を確認する。 たくさんの足音、無機質な金属音。 入って来たのは煌びやかな衣服を着た貴族ではない、剣を持った兵士達。 どういうこと?何故、たくさんの兵士が店に入ってくるのだろう? 舌打ちをし忌々し気に玉座から立ち上がる美女に皆が注目した。 騒めく室内にアルドロスの力強い張りのある声が響き渡る。 「不夜城アンデルセンへようこそ、今宵ご予約を頂いた客人とは異なる客人とお見受けいたすが何用ぞ!私が納得する要件を話していただこうではないか!」 怒りに満ちた緑色の瞳が見据える先には、店に雪崩れ込んで来た多数の兵士を統率する騎士団長と見られる壮年の男、隣に居る若い兵士が羊皮紙に書かれた罪状を読み上げ始めた。 ―罪状― 娼館アンデルセンは、婦女子の誘拐、人身売買、悪魔崇拝の罪悪を犯し王都の秩序を乱した。 よって本日を持って廃止及び接収をする。 店主アルドロス・ディアドラは首謀者として死罪、同店従事者は悪魔崇拝の容疑により拘束す。 執行者 第四騎士団長 バートン・ドリストン 読み上げられた罪状を聞きキャスト達が悲鳴を上げる。 悪魔崇拝の容疑で捕らえられし者は取り調べの拷問の末に命を落とす、容疑が晴れて釈放されても不具者になることが多い。 恐ろしさのあまり逃げようとするキャスト達だが、階下には兵士達が待っていて降りることは出来ない、客室の窓から飛び降りて逃げ出すより他に方法が無い、しかし建物自体が包囲されていたら飛び降りた先で捕まってしまう。 豪奢な鎧を身に纏った騎士団長と見られる男が「捕らえよ!」と号令を掛けた時、アルドロスがドレスを揺らして階段を下り、声を上げた。 「私は納得していない、言われなき罪を被る気は毛頭ない、私達を罰するなら正当な証拠を示して頂こうではないか、万人が納得する証拠を!そうであろう、外に居る店主達もよく聞け、明日は我が身ぞ!体を張って築き上げた富が権力よって奪われるのは私だけではない、皆同じぞ!」 事の成り行きを見ようとドア前に集まっていた群衆から「証拠を見せろ」「納得させろ」と声が上がり、娼館の中へ雪崩れ込んで来た。 階段を下りた傾国の美女アルドロスと騎士団長バートン・ドリストンが睨みあい対峙する。 騎士団長が侮蔑の目で見下ろし低い声を発し、アルドロスは臆することなく答えた。 「お前は誰だ、淫売に話す口など持ってはおらん、アルドロスは何処だ。」 「私はアルドロスの妹アリエッタ、今宵のアンデルセンのマスター、アルドロスと思っても良い。ああ、一つだけこちらから言いたいことがある、淫売だろうと同じ人間だと言う事を忘れないで欲しい。」 アルドロスの緑の瞳が強烈な意志を持ち、声大きく吠えた! 「本題を言う!紙切れ一枚で引き下がる様な生き方をしていないんだよ!証拠を見せやがれ、このクソジジイがっ!!」 美女にあるまじき下衆な啖呵に場が盛り上がり、証拠無くしての拘束は不当との空気が広がる。 二人を囲み兵士と群衆に溢れた階下は熱気を帯びて行く。 騎士団長バートンが「証拠ならある」と重い声で告げ、「じゃあ、見せろよ」とアルドロスが緑の挑戦的な目を向けた。 舞台そでで震える僕の肩に手が置かれ、振り向くと階下に居たはずのザリタスで、嬉しくて思わず飛びついた。 頭を撫でられて安心する僕にザリタスの声が耳に入る。 「アルドロスは清々しくて素敵だけど今回は分が悪いね。皆で逃げる算段をボクは考えたい。」 この状況でどう逃げるのか? どうするのかは分からないけど「手伝うよ。」と言うのがやっとだった。

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