「もお、逃げないでよ。」 気づけば悪魔が無断で俺のベッドに入り込んでいた。 妙に温かいと思って目を開けたら悪魔が添い寝していた。 深夜の室内、扉窓からの月光だけがほんのりと部屋の様子を見えるようにしている、白く大きな枕に頭を埋めている俺の横に同じく悪魔も頭を埋めている。 三日と開けずに俺の前に現れる悪魔は『優しい悪魔』と言われるセーレだが、召喚者の願いを聞き入れて躊躇いもなく殺人を犯すから優しくはない、俺のコトは何故か気に入っていて暴力的な面はみせないが罪深い彼に気に入られるは罪悪感が込み上げて来て好きになれない。 俺は『伯爵の宝石』の一員で〔ブルーサファイア・ミカエル〕と名が付けられている、男娼で穢れた身に不似合いな大天使の名が俺の呼び名だが天使が嫌いなのか悪魔セーレは俺を『君』と呼ぶ、別に何と呼ばれても構わないのだが勝手にベッドに入って来られるのは困る。 今日は悪魔姿で額から山羊角を生やしているセーレ、幸福そうな顔でスヤスヤと寝息を立てている、向かい合わせの恰好で横寝をしている俺の腰に手を置いている、起こさない様に手を剥がしてベッドの隅に身を寄せたら目を開けて気怠い甘ったるい声を出した。 「もお、逃げないでよ、この前仲良くしたのに忘れちゃった？」 「勝手に、俺のベッドに入るな、迷惑!」 「目の治療に来たのに酷いわね、悲しいわぁ…。」 「治らなくていい、片眼が見えなくても困らない。」 「君が良くても、アタシが嫌なのよね!」 大きい体で飛びつかれて動けない、無理矢理に顔を向けさせられて「治らなくていい」と言っているのにペロペロと左目を舐めて来た、彼に目を舐められると僅かではあるが視力が戻って来ているのが分かる、悪魔だけど俺には善意と好意を向けている。 男娼の身分で長らく粗末な扱いをされて来た俺、でも上辺だけの優しさは知っている、俺を従順にさせる為に優しさを装う雇用主の姿は何度も見ている、この悪魔も愛されている信じて従順になる俺を見たいだけだ。 視力を失くしたはずの左目、曖昧な輪郭に曖昧な赤色の舌が写り込む、ヌルヌルと温かく体がざわつく、俺の頬を掴む大きな手の指にある黒色の鋭い爪、脆弱な俺など瞬く間に切り裂く事も可能であるはず、俺を抱きたいのなら力を見せつけて従わせればよいのに。 温かくも淫靡な感覚、息が上がる、体と脳が錯誤を始める。 世界を見せる俺の瞳に映るのは黒髪の悪魔、幸福そうに穏やかな笑みを向けている、優しさが欲しいのなら手を伸ばせば良いと誘っている。 いつか読んだ本に魂は廻ると説いてあった、今生が恵まれなくとも正しく生きれば次の廻った魂は幸福に包まれるとも。 正しく在りたい、幸福で在りたい。 平然と人を殺す悪魔は正しくない、罪深き悪魔の優しさに縋るのは罪悪。 二人だけの静かな室内、悪魔と仲睦まじく寄り添う格好、伸ばせば届く手、俺の罪悪を誰が見つけ裁くのだろうか？ 「痛い？、それとも嫌？」 いつの間にかに零れた俺の涙を長い指で拾い上げてセーレが悲しそうな瞳を向けて来る、温かで優しく暗い闇、落ちる闇の先は幸福で安寧なのだろうか？、そうであるなら…。 涙を拭う手を払いのけて、近い顔を押し戻した。 「す…、少し、痛かっただけだ、今日はもういい。」 「そう、じゃあ止めるわ、君が嫌がるコトはしたくないもの。」 「…。」 「ふふ、「今日はもういい」って幸せだわ。」 「幸せ？」 「「今日は」だから「明日」も来ても良いってことよね、言われなくても来るけど。」 「そういう意味では…。」 「そおいう意味よおっ!、早くアタシのコト好きになってよね、人の命は短いんだから!」 大きい体でギュウギュウに抱き着かれて苦しい、押しのけようする俺の前髪を上げて額に唇を当ててくる、絡めとられた体は動けない。 落ちる闇の先は…、…？ 寒く温かな夜、静寂の中の喧騒、不幸せで心地よい、悪魔と見る未来は…、…？ 無駄な抵抗を止めて力を抜いたら「諦めるのが早いわっ!アタシのコト好きになってない？」と言い出して顔をベロベロ舐めて来たから力の限り抵抗した、ウザイ悪魔は好きになれないと思った。