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第76話 木綿のヴェール①〈パープルサファイア・サリエル〉
木綿のヴェール①〈パープルサファイア・サリエル〉
「サリエルは庭に出ないのか?、気持ち良いぞ!」
陽の光が良く似合う褐色の肌のザフキエルが手招きする、新緑が芽吹き始めた美しい世界だけど僕の体は眩しい所には適していない。
三月も末になり王都イルハンも大分暖かくなってきた、シュミット伯爵の『伯爵の宝石』が住まう西の端の別邸は木々に囲まれて緑の多い場所にある、好きに出歩く事は許されていないが別邸内の庭を散策する自由はあった。
寒い時期は閉じたままだった窓も日中は開けたままの方が多い、爽やかな風と暖かい陽の光の窓辺だけど僕は部屋の奥で隠れながら過ごさなければいけない時期なったと憂鬱に思った。
『伯爵の宝石』の一員で〈パープルサファイア・サリエル〉と名付けられた僕は紫色の瞳を持っている、ここに来る前の主人は「紫は高貴な美色なのだよ」と囁きな飽きる程に僕の瞳を見つめていた、しかし美しいけど欠陥のある瞳だった、陽の光の中に長く居ると目に痛みが発生する、そして白すぎる肌も赤く焼けただれる。
僕は陽の光の中では生きられない体を持って生まれて来た。
庭に出れないでいる僕にザフキエルが駆け寄って来て心配そうな顔をする。
「どうした、少しは体を動かした方が良いぞ、春になったのだから世界が美しい、一緒に見よう!」
「…目が痛くなるんだよね、外は…、部屋の奥から眺める事にするよ。」
「そうか…、残念だな、せっかく綺麗なのに…」
バサ…
突然、頭の上からテーブルクロスを掛けられた、振り向くと赤色の瞳の双子のハミエルとフェヌエルだった、二人もテーブルクロスを頭から被っている、おっとりした口調で僕に口を開いた。
「こうすれば陽の光を避ける事が出来ましょう、少しだけなら大丈夫ですよ。」
「わたし達は美しさと引き換えに陽の光を浴びる事が出来ませんが、ほんの少し位なら神様もお許しになるでしょう。」
同じ顔の二人、赤色の瞳が僕をじっと見つめる、彼らも僕と同じく陽の光が苦手な体をしている、陽の光が緩い冬場でも窓から遠く離れた場所で二人で過ごしているから僕以上かもしれない。
よく見るとテーブルクロスを被っただけじゃなく肌は全て布で覆い、目元だけを僅かに開けている、僕にも同じようにグルグルと布を巻いて来て目だけが出る格好にされた。
庭に出ると「ははっ、なーに?、その格好?、仮装パーティ?」とサンダルフォンが赤毛を揺らして寄って来た。
「陽の光が苦手なのですよ、わたし達は。」
「そうなんだ、僕も長い時間はダメかな?、まあ、そういう体なのだから仕方ないよね。」
明るく笑うサンダルフォン、似ていると言うが僕はこの体が本当に迷惑で嫌でいつも泣きたくなっている、僕は強い男として望まれて生まれて来たのに強くはなれなかった。
『伯爵の宝石』の役目を終えたら邸の使用人として雇って貰える約束なのだけど陽の光が苦手な僕に出来る仕事はあるのだろうか?、
元気よく走り回る仲間達を見ていたら劣等感と不安で涙がポロポロと溢れて来た、零れる涙を拭っていたらザフキエルが駆け寄って来た。
「また、泣いているのかサリエルは、泣く方が目が痛くなるぞ?」
「うう…、泣きたくはないんだけど…」
「たくさん泣いたら悲しい事や辛い事が全部流れ出ちゃったら、良いんだけどな。」
「うん…、でも僕は弱いから、ずっと泣き虫のままかもしれない…」
「泣き虫でもサリエルは優しい所が良い所だ、困った時は俺が助けるからさ、あまり泣くなよ。」
「ううう…、ザフキエルは僕より年下だよね?、しっかりしないといけないのは僕なのに、やっぱり僕はダメなヤツで…、ううう…」
「ああっ、年上か年下にに拘るんだよなサリエルは、バカにしたつもりは無いんだよ、ごめんっ!」
僕より一つか二つ年下のザフキエルは男らしいサッパリとした性格で『伯爵の宝石』として迎い入れられた時は小柄だったのに気づいたら誰よりも背が高くなっていた、もう声変わりが始まってもおかしくはない位に成長している、仲良くなれたのに別れの時期が近づいている気がしてならない、励まされっぱなしで年長者として何もして上げていないのに。
「ううう…、ごめんね、ザフキエル…、良い兄様になれなくて…」
「兄様…?、サリエルが兄様って呼んで欲しいのなら、そう呼ぶが…」
形ばかりに兄様と呼ばれたい分けではない、本当の意味で強く頼られる存在になりたい、ポロポロと零れる涙を止められずに居るうちに昼食の時間になり、その後に伯爵の従者が告げた今宵の夜伽の相手に僕の名前が入っていた。
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