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第78話 木綿のヴェール② 歌えなくなった天使
「これは、これは美しい子達で…」
見知らぬ人が僕達の美しさを賞賛する、聖職者とみられる衣服を見て震えが止まらない。
10人ほど居たシュミット伯爵の愛妾は1人、2人と欠けて現在は8人、〈パープルサファイア・サリエル〉の『伯爵の宝石』の序列は6位、序列順位が低いほど飽きられている事になる、最下位ではないが7、8位が赤色の双子であり、この双子は観賞用として重宝されているので手放す事は無い、現状から〈パープルサファイア・サリエル〉は他の貴族へ譲渡されたり売られる可能性が高い。
僕は伯爵に飽きられている――
半年以上は手が付いていない、新しく迎い入れられた子達に目移りした伯爵は僕の事を忘れてしまったかのようで、たまに夜伽に呼ばれても見向きはしない、伯爵に抱かれたい分けではないが務めを果たさなければ存在意義が無い、僕は声変わりが始まるまで『伯爵の宝石』を勤めて〈邸の使用人〉になりたいと思っているが、飽きられて声変わりも始まらない、今は未来が見えない。
「今宵は客人を招いている、こちらの衣装を着て準備をするように。」
従者から手渡された衣服は白色のドレスではなく、薄手の紫紺のドレス、大きく開いた背中には後ろ首で結んだリボンが垂れ下がっている、リボンを上手く結べずに手間取っているとサンダルフォンが「あは、不器用!」と言いながらリボンを締め上げて来た。
「く…苦しいよ…」
「ふふ…、サリエルは鈍くさいね…」
「頑張っては…いるんだ…」
「泣かないでよ…、もお、すぐに泣くんだから…」
悔しくてポロポロと零れる涙、キュウと結んでくれて美しく結ばれたリボンが羽根開いた蝶の様な形になった、一緒に呼ばれている赤色の瞳の双子は衣服を整えて椅子に座り寛いでいる。
紫紺の衣装が白い肌を際立たせている、今日夜伽に選ばれている者は『伯爵の宝石』の中でも飛び抜けて色の白い者達だ、美しいが健康的とは言えない白さ、集められた人形の様になった気分で気持ちが沈む。
「お客さんって誰だろうね?」サンダルフォンの問いに心臓が痛くなった、『伯爵の宝石』はシュミット伯爵の外交手段の一つでもあり伯爵の相手だけをする分けではない、僕は迎入れられる前に少しだけ有名になったから姿を見たいと何度か連れ出されている。
今日の夜伽は赤色の瞳の双子、サンダルフォン、僕、いつもならサンダルフォンはともかく人当たりの良いカシエルかラティエルあたりが呼ばれるのに何故に僕なのだろう?、鑑賞用の赤色の瞳の双子が呼ばれているのも珍しい、客人が来る事も珍しい、不安が広がる、僕は今日売られてしまうのかもしれない。
不安でボロボロと泣き出した僕を「紫の瞳が赤くなっちゃうよ!」とサンダルフォンが乱暴に涙を拭った。
涙が止まらないままに夜を迎え、呼びに来た従者の後を歩く、本邸の奥まった所にある客室に入ると伯爵と同じ年頃後の客人と思しき人が僕達の姿を見て賞賛の声を上げた。
「これは、これは美しい子達で…」
客人の聖職者とみられる衣服を見て震えが止まらない、飽きられて売られるのは仕方ない事だが、聖職者に売られるのは恐怖でしかない、身体がすくむ、目立たぬように顔を下げたまま俯くしかない。
「オルザナート司祭、如何でしょう?、透き通るような肌の色の子達ですよ、お気に召す子はおりますか。」
「皆、子兎の様に嫋やか、肌が白い者達は美色の瞳を持っているとは真ですな、赤、銀、この子の瞳は?」
「サリエル、顔を上げなさい、お前の美しい瞳をお見せしなさい。」
伯爵が顔を上げて紫の瞳を見せろと命令している、上げざるを得ない、顔を上げると客人が歓喜の声を上げた。
「紫の瞳!、ここまで美しい紫の瞳は初めて見ましたよ、さすがは伯爵様、高貴な美色を見れて眼福でございます。」
「はは、すごいだろう!、この子は紫の瞳が美しいだけではない甘く痺れる美声も持っている、ザザデルド教会の聖歌隊で天にも昇る声で高らかに歌い上げておったのだよ。」
「ザザデルドとは…、有名でございますね、私の聖歌隊も中々の美声でございますがザザデルドの名声には叶いませんな、美しき声を留める為に去勢を施すのでございましょう?、ザザデルドは…、この子も施術を?」
「サリエルは去勢はしていない、美しいままに私が摘み取って来た。」
「ほう…、して美声は健在で?」
「うーん?、…、…ここではあまり歌わせてはいないのでな、たまには歌って見るかサリエル?」
伯爵に問われて首を横に振った、僕は歌えない、ザザデルド教会の聖歌隊に居たのは事実だが歌っている振りをしていただけだった、僕の口の動きに合わせて歌ってくれたのは友のリオン、彼の美声は今も耳に残っている。
彼の事を思い出すと涙が零れて来る、僕の零れる涙を見た客人が「彼は喉を壊したのでしょうか?」と伯爵に問い、「さあ、私はサリエルの美しさを気に入っておるからな、歌えなくとも構わないのだよ。」とにこやかに返した、伯爵は僕が歌っていた事などどうでも良いみたいだ、歌えと言われたことは一度も無かった。
司祭にコレクションを賞賛して貰い気分が良くなった伯爵、満面の笑みで僕達を選ぶように勧めた。
「オルザナート司祭、夜は短い、どうぞお好きな子をお選びください。」
伯爵に促されて客人が並び立つ僕達に歩を進める、上質な生地のジュネーヴ・ガウン、目に鮮やかな紫色のストールが懐かしくも恐ろしい、皆を見て回った後に僕の前で足が止まった。
「朝もやに似た白灰色の髪、引き込まれる紫水晶の瞳、か弱く優しきげな面立ち、歌う事が叶わなくなった天使をを頂戴いたしますぞ。」
握られた手は振りほどけない、ガウンから立ち昇る香木の香りが〈パープルサファイア・サリエル〉として生きようとしてた僕の嫌な記憶を呼び覚ました。
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